出発前夜
「ベンジャミン殿下の狙いは何だと思う、リズ? 本当に魔物を倒して王になろうって思っているのかな?」
「正直なところ、分かりません。嘘ではない、とは思いますが迂遠な方法であると思いますから」
「だよな。それに、結局魔物を倒しに行くんなら強い味方がそばにいたほうがいいのは間違いない。わざわざ一人でここまで来ているってことは、意外と後がないのかもな」
ベンジャミンと一緒に霊峰に行く。
そのことに了承した俺は、その後一緒に食事をし、そして離れの部屋を与えて体を休めてもらった。
そうして、第一王子が休んでから、俺は改めてエリザベスへと訊ねる。
魔物退治にどういう意味があるのかを。
ベンジャミンが国内が割れないように動きたいというのは分かる。
が、それならそれでほかに方法なんてものはいくらでもあるだろう。
なにせ、彼は第一王子として魔導王亡き後、一番王位に近い立場にあるのだ。
それこそ、自分の配下を用いて王城なりなんなりを押さえてしまえばそれだけで話は終わる。
もしも、そこにシャルル様らが抵抗して来れば謀反人として対処もできるだろうからな。
だが、単身でオリエント国という小国にまでやってきて俺に協力を依頼してきた。
それまで面識がなかったにもかかわらずだ。
いくら理屈を並べたところでそんなことをする意味は見いだせない。
たとえ、俺が魔物を倒すというこのあたりでは偉業と呼べる実績があったとしてもだ。
「魔物討伐はあくまで口実なのかもしれませんね。目的はやっぱりアル君にあるんじゃないでしょうか?」
「俺に? でも、それならわざわざ霊峰なんてところに行こうという必要はないんじゃないのか?」
「そんなことはないでしょう。霊峰という人を寄せ付けない死の山に向かう。その途中にいろんなお話をする機会があるでしょう。人は人と仲良くなるためにはどうしても話をする機会が多くなくてはなりません。つまり、ベンジャミン殿下の目的は魔物討伐という名目でアル君と一緒に旅をして親睦を深めたいのですよ」
「……そんなことあり得るのかな? てか、親睦を深めたいだけならしばらくここにいて宴会でもしながら話すだけでも十分じゃないのか? それ以前に、俺と仲良くなることが王位争奪戦よりも優先するべきこととも思えないけど」
「それは違います。アル君はもっとご自身の価値を正しく認識すべきです」
「俺の価値? 魔物と戦うのが当たり前になっている、って言ってたあれのことか?」
「違います。それもなくはありませんが、もっと根本的に出身国のことについてです。霊峰を越えた先にある未知の国。その国からやってきたこれまで知られていなかった数々の技法。名付けや魔法、あるいは魔物素材を使った武器や道具の製法など、数えればきりがありません。それらのこれまで我が国にはなかったものはすべてシャルル殿下経由でブリリア魔導国に流れてきていたのです。それをベンジャミン殿下も重要視しているのでしょう」
なるほど。
言われてみれば、当たり前のことかもしれない。
魔法一つとってもそうだ。
【命名】によって他者に名付けを行えるようにはなっているが、その分他者に魔力が流れてしまう。
そして、名付けた者が亡くなった場合には名づけられた者から魔法が失われてしまうのだ。
そのための対処として小国家群では複数から名付けを受けることで絡まった網目のような魔力の流れができてしまった。
が、その方法ではもともと魔力を持つ上位者が魔力を独占するのは難しく、全体で平均化されてしまうことにもなる。
それだと王侯貴族の優位性が失われてしまうのだ。
だが、魔法をもたらした国がそんなずさんな管理をしているとも考えられない。
どうにかして、魔力の流れを制御している、とでも考えるものが出てくるだろう。
そして、実際にフォンターナ連合王国はそれができている。
教会が継承の儀を行うことで貴族が代々魔力の流れを受け継いでいくことができるようになっているのだ。
そんな自分たちの知らない方法が霊峰の向こうにはある。
が、霊峰を越えることは死を意味する。
なので、こちら側でその情報を持つ者から情報を得ようと考えるのは当然の流れだろう。
そういう意味で俺と親しくなっておこうというのは間違いではない。
なにせ、俺は正式にフォンターナ連合王国から留学生として貴族院に通っていたことがあるので、身元がはっきりしているからな。
現時点では祖国追放されて関係がないのだけれど、それでも知識は確かに持っている。
ということは、一緒に行動することでそれらの手掛かりをつかむ意味合いも会ったりするのかもしれない。
そうなると、あんまりこちらの手の内を見せずに霊峰にいる白竜のもとまで案内する必要があるかもしれないな。
これからの霊峰行きに向けてそんなことを考えながら、出発の準備を進めていったのだった。
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