イーリス国の十剣士
奇襲を成功させた俺たちオリエント軍がイーリス軍をひたすらに叩いていく。
状況はこちらが優位だ。
だが、油断するわけにもいかない。
なんせ、ここに襲撃に来たオリエント軍の数はそこまで多いわけではないからだ。
グルー川の川岸に作った拠点を空にして全軍で攻撃に出る、なんてことはできるわけないので、限られた数で出陣してきているのだ。
なので、相手が混乱している今が最大の好機でもあった。
ワルキューレの【照明】でこちらの数を相手が間違って認識している今こそ、徹底的な攻撃を加えて打撃を与えるしかない。
だが、そんな混乱状態の中であっても、イーリス軍にもそれなりの人物がいたようだ。
「待て。貴殿の相手はこの俺だ」
ひとりの剣士が俺の前へと立ちはだかった。
赤の鎧ごしに相手の姿を見て、その魔力量が多いことがはっきりと分かる。
どうやら、イーリス軍の本陣にはいなかった強敵がこの場にいたようだ。
オリエント国でも着ている者が多い着流しの恰好の上から体を守る防具をつけた男が武器を持って構えている。
斬鉄剣に似ているな。
そいつが持っている武器を見て、そう思った。
アルス兄さんの持つ武器の一つである斬鉄剣グランバルカ。
あるいはそれを聖剣にしたものと似た形をしていた。
ただの直剣とは違い、少し湾曲するような刀身を持つ片刃の剣を手にしている。
厚みがあまりないことから、多分斬れ味重視の剣なんじゃないだろうか。
「我が名はイーリス国が十剣士の一人、アロンダル。貴殿は何者であるか?」
「俺の名はアルフォンス・バルカ。十剣士ってのはなんだ?」
「知らぬのか? イーリス国における剣士の中の剣士。その実力が最も高い十人の剣士のことだ」
「そのまんまだね。ってことは、アロンダルっだっけ? あんたは剣技の達人ってわけだ」
「いかにもそのとおりだ。アルフォンス・バルカと言えば少年なれど弱国であるオリエント国の守護者として名高い武人。いざ、尋常に勝負」
「……いいね。その勝負、受けた」
アロンダルと名乗る男の申し出を受ける。
腕を振って周囲のオリエント兵に助太刀は無用だと告げた。
周りの者たちは一瞬だけそんなことをしていてもいいのか、という雰囲気になる。
が、すぐに俺の指示に従い、そのままイーリス軍への攻撃を続行し始めた。
彼らもそれなりに戦いを経験して分かってきているんだろう。
わざわざ俺が一対一で戦おうとする相手が弱いわけがないということを。
そして、そんな相手に一兵卒の自分たちが戦いに参加しようとしてもたいした力になれないことを。
ならば、素直に言うことを聞いて、自分たちにできる仕事をこなすことを優先すべきということで、むしろ強い相手は俺に任せるようにして逃げる相手に攻撃を加える。
うむ。
それでいい。
俺に声をかけたアロンダルの周りのイーリス兵と周囲のオリエント兵が戦ってくれているおかげで、俺は相手と向かい合って集中して戦うことができる。
そんな相手を前にして俺は呪文を唱えた。
「見稽古」
相手はただものではないのだろう。
だが、それでも俺は速攻をかけて一気に相手を倒すという選択を取らなかった。
【見稽古】を発動し、相手の一挙手一投足を観察する。
イーリス国の十剣士というのがどれほどの剣の使い手なのかは分からない。
が、国内で十人の一人に数えられる腕前であるというのは興味があった。
それに、使っている武器も普通の剣ではない。
斬鉄剣のような武器には興味があったしな。
これはアイに聞いた話だが、斬鉄剣は硬牙剣以上に硬く折れにくく、そして切れやすい刀とも呼ばれる武器だ。
だが、普通の直剣とは扱いが違うらしい。
かつて剣聖と呼ばれた男が【剣術】という魔法を残し、その【剣術】を用いるルービッチ家の体の動きをアイは記憶した。
しかし、その【剣術】は直剣を扱うための剣技であり、微妙に斬鉄剣のような刀とは合わないのだそうだ。
そして、当の斬鉄剣の保持者であるアルス兄さんも別に剣技の達人というわけではない。
なので、斬鉄剣はただのよく切れて折れにくい武器としてしか扱えていないのだそうだ。
だが、もしかするとこの男の体の使い方を【見稽古】で見れば、刀の上手な扱い方が分かるかもしれない。
そんなことを思ってしまったのだ。
なぜ、そんな興味が湧いたのかというと、俺もいずれは自分の斬鉄剣を使いたかったからだ。
実は天空王国を出る際に手にした魔法剣の中に大猪の幼獣から作った硬牙剣というのもあるのだ。
あれは成長する魔法剣で、代々の貴族が魔力を注げば小さな小剣の形から形状が変化していくはず。
それを最近少しずつ増えてきたワルキューレに魔力を注がせて成長させていたのだ。
いずれはそれが斬鉄剣のようになってくれるのではないかと期待している。
そして、そんな斬鉄剣をアルス兄さん以上に扱うために、俺は目の前の男を利用することにしたのだった。
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