奇襲成功
「行け、ワルキューレ」
「キュー」
俺とイアンの二手に分かれたオリエント軍。
そのオリエント軍からさらに数頭のワルキューレが離れていった。
真っ赤な体躯に角の生えたワルキューレ。
その数頭のワルキューレがしばらく走り、こちらとは距離が離れたところで魔法を発動させた。
ワルキューレが使った魔法は攻撃性のないものだ。
というか、ただの生活魔法だ。
名付けが為されれば誰でも使える消費魔力量の少ない、けれど非常に便利な魔法。
【照明】を使ったのだ。
暗闇の中で結構な速さで走るワルキューレ。
そのワルキューレが次々と【照明】を使い、駆け抜けた場所に明かりを灯していった。
それを見て、イーリス軍がにわかに騒ぎ出した。
そりゃそうだろう。
急に何もないところにいくつもの明かりがついたのだ。
しかも、この場にいるのは武器を持って戦場に向かう軍である。
普通、そんな軍相手に近づいてくる者はいない。
であれば、その明かりとは敵の存在が近づいてきていることに他ならない。
慌てて迎撃態勢を取ろうとばたばたと動き出した。
だが、その明かりの先にいるのはわずかな数のワルキューレだけだ。
彼らは知らない。
自分たち人間以外にも魔法を使ってくる生き物がいることを。
だからこそ、その次々と増えていく明かりは、ものすごい数の軍が自分たちの気づかないうちにいつの間にか接近していたのだとしか思えなかった。
これまで魔法を手に入れてから軍として動いてきた経験のある者も当然そう思うだろう。
が、さらにこの場には戦闘経験が浅いか、あるいはなさそうな貧民たちもいる。
彼らは今も増え続ける姿の見えない敵襲におびえて急速に緊張の糸が張りつめてしまった。
そこに、明かりとは別の方向から攻撃を受ける。
俺が指揮するオリエント軍だ。
俺以外は【にゃんにゃん】の魔法を発動させ、猫耳を生やしている兵たちだった。
ミーティアの作り出した獣化の魔法は、この時、非常に効果を発揮した。
自分たちは明かりなしでも周囲のわずかな光だけで夜でも行動できる夜目を持つ。
しかも猫化したことで、身体能力が高まり、さらには平衡感覚も優れているのだ。
暗闇の中でイーリス軍に近づく何人もの兵がいる集団だというのに、その足音が非常に小さかったのだ。
木の枝や石を踏みながら走っていても、さして音がせず、ものを飛び越えるのも楽々と行える。
こうして、急接近した猫耳部隊が別方向の明かりに気を取られたイーリス軍へと襲い掛かった。
「ウォオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」
そして、そのなかで俺だけが吼える。
音一つ立てずに接近してきた相手が周囲の空気を震わせるほどの大声で叫んだのだ。
しかも、その叫びはただの雄たけびではなかった。
いわゆる、アトモスの戦士の巨人化をまねたものだった。
声にあわせて鮮血の鎧を大型化する。
巨人となったイアンほどではないが、それでも通常の人間とは比べ物にならないほどの巨躯の鎧姿が現れた。
そして、その手には鎧と同じく赤の剣を持っている。
当然、魔剣だ。
その魔剣を横なぎに振るって攻撃を開始した。
「て、敵襲。敵がきたぞ!」
「に、逃げろー。早く逃げるんだよ」
「なにをしている。貴様ら、そこを動くな。逃げることは許さん。迎撃しろ」
「ど、どけ! あんなバケモンと戦えるわけないだろうが」
オリエント軍による奇襲は完全に成功した。
相手も決して無警戒だったというわけではない。
自分たちの宿営地に【照明】を使って警備の兵を立たせたりしていたのだ。
だが、その警戒はワルキューレの働きによって完全に崩されていた。
人は暗闇では動けない。
だからこそ、魔法が広がった現在の戦場では、【照明】の明かりがある場所にこそ敵兵がいて、明かりが見えなければ安全である。
そんな間違った認識が無意識化にこびりついていたのだろう。
それ故に、こちらの奇襲にたいして全く対処できていなかった。
この戦法はしばらく使えるかもしれないな。
少なくとも、こちらのワルキューレが魔法を使えるという情報が完全に広がるまでは、相手の虚を突くことができるかもしれない。
となれば、なるべくその情報を広げないようにしないとな。
【照明】を使って走っているワルキューレの存在を気づかせないようにするのはもちろんのこと、万が一のことを考えて、なるべく生存者を残さないようにしておきたいか。
「殲滅しろ。この場にいる者を一人でも多く倒して、その血を啜れ」
「「「「「おう」」」」」
雄たけびを上げた巨大な鎧姿の俺がそんなことを猫耳の兵たちに告げると、その意をくんだオリエント兵が声を一つにして返事を返してきた。
その内容があまりなものだったからだろうか。
それまで、呼び止めるイーリス軍の兵によってその場に留められていた作業員である貧民たちが身を震わせてさらに逃げ惑った。
そしてそれをイーリス兵は止めることができなかった。
走り、逃げようとして線路に足を取られてこける貧民たち。
そして、逃げようとする者を止めようとしたり、一緒に逃げようとしたり、あるいはどう対処したらいいのか意見を求めたりするイーリス兵も多数いた。
なにひとつ、まとまった対応を取れていないそんな混乱の極みにあるイーリス軍に俺がさらなる追撃を行っていた時、別の場所からも大きな雄たけびが聞こえてきた。
イアンだろう。
俺の奇襲によって混乱したイーリス軍にさらに別動隊として本陣に攻撃を仕掛けたイアンの声を聴きながら、俺は手当たり次第にその場にいる兵を魔剣で斬り、血を吸い取っていったのだった。
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