貧民動員
真夜中に暗い中を移動してグルーガリア国へと侵入してきたイーリス軍へと接近する。
報告どおりの場所にて目的のイーリス軍を発見した。
数は三千ほどの兵数ではあるが、暗い中、目に魔力を流動させて観察したところ、立ち上る魔力のもやがそれ以上に多いことがみてとれた。
「なるほど。イーリス軍は非戦闘員として連れてきた連中に【線路敷設】をさせているのか」
相手の軍を観察しながら、自分の目で見て分かったことを小さく口の中で言葉にする。
侵攻してきた軍がいちいち線路なんかを作っていると聞いたときには、手間と魔力の無駄遣いではないかと思ったものだ。
が、どうやらそうではなかったらしい。
おそらくだが、実際にこれから戦おうという兵は線路づくりのために魔力を使うということはしていないのだろう。
そのかわりに、戦うための人員以外を投入し、食糧輸送のための線路を作る。
なので、イーリス軍には武器を持った戦闘員と身なりの貧しい非戦闘員がいるようだ。
「なんかこう、あれだな。無理やり連れてこられて線路づくりをさせられているって感じじゃないか?」
「そうだな。あそこで寝ている奴らなんかは、戦意が低いだろう。それに、あそこまで痩せていれば戦うのも難しいだろうな」
「やっぱりイアンもそう思うか? さしずめ、魔力のこもった魔石代わりに人を連れてきているって感じなんだろうな」
線路のそばで地面に直に横になって眠っている者がいる。
そいつらなんかは、着ているものもボロボロだし、ガリガリに痩せていた。
そんなのがたくさんいる。
もしかしたら、イーリス国の貧民街の住人だったりするんだろうか?
多分だが、オリエント国での工事のための作業員とは扱いが全然違うんじゃないだろうか。
オリエント国ではきちんと日給で報酬を支払っているし、それで服を買ったり、食べ物を買うだけの余裕はある。
が、ここにいた作業員たちはそんな余裕は一切なさそうだった。
下手したら報酬はなしか、あるいはあっても雀の涙くらいなものなのかもしれない。
それでも、貧民街でなにもできずに暮らすよりは毎日の食事と金を得られるからという思いでこの軍へついてきているのかもしれない。
なるほど。
どおりで、他の小国からの米の買い付けが思った以上に進んだわけだ。
ようするに、ほかの国ではまだまだ不況から抜け出していないことを意味している。
わずかな日銭で、危険を伴うかもしれない軍の仕事についてきて、地べたで寝てでも糧を得る。
そうしなければほかの国では生きていけないのだろう。
だからこそ、割高というには高すぎる金額で米を買おうというこちらの動きに乗ってくる者が多く出たのだ。
おそらくは、国や貴族が売るなといっても自分から持ち込んででも売りたいという者が多数いるんだろう。
それほどに貧乏な者が小国家群にはあふれている。
もう魔道具相場の暴落からは二年がすぎているんだけどな。
あれの影響ってのはよっぽど大きかったんだろう。
そして、それは貧民と呼ばれる者だけではなく、国もそうなのかもしれない。
グルーガリア国が出した援軍要請にいくつもの小国が首を突っ込んでくるのは、魔道具相場の暴落というものによって国内がめちゃくちゃにされた恨みみたいなものもあるのだろう。
「ま、いいや。戦意が低い連中が混じっているってんならそれを利用するか」
「どっちから行くんだ、アルフォンス?」
「そうだね。まずはイアンが巨人化して攻撃してみようか。真っ暗闇の中から巨大な人影が攻撃してきたら、ビビった作業員は逃げ惑うだろ。で、それの制御に手間取っているイーリス軍の本陣を俺が急襲しようか。そうすれば、本陣にいる強そうな相手に一気に迫れるだろうしね」
「ふむ。いい加減、俺も強い相手と戦いたいんだがな」
「じゃ、逆にするか? 俺が適当に襲撃を仕掛けるから、イアンがにゃんにゃん部隊を連れてイーリス軍本陣を叩いてくれてもいいよ?」
「いい作戦だ。俺に任せておけ」
「頼もしいね。じゃ、俺は向こうから攻撃を仕掛けるから、動きがあってからイアンは出てくれよな」
「承知した」
貧民を動員してきたイーリス軍をまずは混乱させる。
きっと、真夜中に襲撃されるなんて考えもしていないだろう。
とくに戦うための武器も持っていない貧民はまともな対応なんてできはしない。
そして、そんな逃げようと動く者たちをイーリス軍は放置できないはずだ。
なんせ、ここが奴らの目的地というわけでもないだろうしな。
これから先にも線路を延ばしていくのであれば、まだ作業に従事する者を手放せない。
なので、逃げようとする作業員たちをその場に留めるために手を取られるはずだ。
その隙をつく。
手薄になった本陣に、今回はイアンが攻撃を仕掛けることとなった。
俺は陽動部隊として二つに分けたオリエント軍の一つを率いて、多くの作業員が固まっている地点へと移動していったのだった。
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