援軍接近
「へえ、そういう使い方もあるのか」
グルーガリア国に近づいてくる軍がいる。
そう聞いた俺は、影の者を偵察に使って様子を確認させることにした。
そして、偵察に向かった者が帰還して報告してきた内容を聞いて、思わずそんなふうに感心の声をあげてしまった。
今回やってきた援軍はイーリス国という小国だ。
グルーガリア国とは陸路を移動してやってくる位置関係にあり、グルー川などは移動手段としては使わない。
そのため、兵を率いて歩いてくるのが常道だろう。
が、現在のグルーガリア国周辺の米不足という情報を手にしたからか、普通とは違う移動を行っていたのだ。
それは、【線路敷設】という呪文を使っているという点にある。
魔法が広がっている小国家群では各地で【道路敷設】が使われて、硬化レンガ製の移動しやすい道が作られていった。
今までは人が踏み固めた自然の道というものばかりだったが、その道路によってかなり移動しやすくなってきている。
が、イーリス国は人の移動だけではなく、食料を移送するために道路ではなく線路を利用することにしたのだろう。
軍が移動する際に【線路敷設】を用いて、硬化レンガ製の線路を設置していくのだ。
そして、その後に線路幅にあわせて車輪を付けた馬車を使って食料を運ぶ。
それにより、通常よりも荷物を運びやすくしているらしい。
「けど、やっぱり手間だよな。事前に線路の準備をしていたんならともかく、新規に作るのは大変だろ」
「線路は便利ですけど、まっすぐに作らないと駄目ですからね。あれは思っている以上につなげて作るのが難しいので、普通ならそんなことはしないのでしょうが……。この感じだとイーリス国も持久戦になると考えているのかもしれませんね」
「かもね。手間暇かけてでも線路を作っておいて、グルーガリアに食料を供給し続けられる状況にしておこうってところか」
オリバとの話でも出てきたが、線路は呪文で簡単に作れはするのだが、実際にはきちんと敷設することが難しい魔法だったりする。
というのも、まっすぐな線路が呪文一つでできるのだが、それが少しでも設置場所を間違えると無意味になるからだ。
なんせ、呪文一つで出来上がる線路は数メートル先までしかないものだからな。
まっすぐに伸びる線路はわずかなつなぎ目の失敗でも、車輪がうまく走らなくなる。
しかも、それだけではなく、最初から目的地に向かって計算して作らないといけないので、測量技術も必要なのだ。
実際、報告を受けたイーリス国の線路の敷設も、話を聞いているだけであまりうまくはなさそうだった。
特にイーリス国からグルーガリア国に向かって一直線に線路を敷設するのは無理だったようで、途中で何度も線路が途切れているらしい。
まあ、それも計算通りなのかもしれないけれど。
あえて作りやすい距離で線路を途切れさせて、馬車の休憩所として次の線路に移し替えているのかもしれない。
それでもあえてそんな作業になることをしているのは、長期戦になることを警戒しているのかもしれない。
「なんにしても、あまりうまい方法ではないよな。線路を作るってことは特定の場所を通って、特定の場所で荷物が止まるってことなんだから」
「そのとおりですね。では、狙っていきますか?」
「当然。戦場になるかもしれない場所で線路づくりをしているのはどれだけ危険かイーリス軍に教えておいてあげよう。今から出撃するぞ」
「……え? 今から、ですか? もう日が暮れますよ?」
「問題ない。にゃんにゃん部隊を出すぞ。ついて来い」
影の者から報告を受けたのは午後になってからだった。
そのため、オリバも今から動くとは思っていなかったらしい。
そりゃそうだろうな。
人の多い軍は俺が言ったからと言ってすぐに動き出せるわけではない。
準備をして出られるようになったころには、もう日暮れまで時間がわずかなところになっているだろう。
だからこそ、オリバとしては今日中に準備を済ませて明日の早朝にでも出ればいいとでも思ったのかもしれない。
が、あえてこの時間から出ることにした。
それは、アイの【寝ずの館】から得た着想だ。
【寝ずの館】では人が普段ならば寝ている状況でも働き続けたことにより、それが周囲にも影響を与えて新たな仕事を生み出すことにつながった。
あれは言ってみれば、今まで誰もやらないことをやったからこそ、効果が上がったということだろう。
ならば、それを軍でもしてみようというわけだ。
基本的に、軍というのは夜には動かない。
夜襲とよばれるものもあるだろうが、あれだってたいていは朝日が昇る直前に行われるものだ。
真夜中に動く軍というのはいない。
が、オリエント軍であればそれができる。
完全な夜襲を実行できると俺が考えるのは、【にゃんにゃん】という魔法があるからだ。
あれは、【うさ耳ピョンピョン】と同じ獣化の魔法で、身体能力を向上させる働きがある。
とくに兎とは違う点として、平衡感覚の向上などもあるだろう。
どんな足場でも体の状態を崩すことなく走ることだってできる。
が、それ以外にも大きな特徴が【にゃんにゃん】にはあるのだ。
それは、夜目が利くようになるということだ。
普通ならば明かりのない夜は足元も見えずらくなるが、【にゃんにゃん】を発動すれば明かりなしに夜中も移動可能になる。
これを使わない手はないだろう。
しかも、こちらにはヴァルキリーがいるしな。
ヴァルキリーはもともと夜も苦にしない。
そんなヴァルキリーに乗った猫耳部隊が、線路を作りながらこちらに向かってきているという援軍相手に深夜、光もなく近づいていったのだった。
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