死を贈ろう
こいつだけは絶対に倒す。
ギルバートを見て、固く心に誓う。
魔法鞄を失ったことで、俺の怒りは頂点に達していた。
が、それとは別に冷静な部分もちょっとだけ残っていた。
今、俺が五体満足にいられるのは運がよかっただけだ。
あの時、【回復】が成功したのは奇跡だったのだと分かる。
【反撃盾】による攻撃で傷を負い、目も見えない状況だったが、きっとかろうじて腕はつながっていたのだろう。
爆発によって腕の感覚がまったく無くなってしまっていたが、欠損していたわけではなかったのだと思う。
大火傷を負っていたり、手や指の形が原型をとどめていなかったかもしれないが、もしも、魔剣を握っていた右腕が本当に消失していれば、魔法が発動しなかったはずだ。
そうなっていれば、呪文をつぶやいたとしても体を治すことはできなかったに違いない。
そのことが頭に浮かんだことで、わずかな冷静さが頭を冷やしてくれた。
【反撃盾】は本当に危険だ。
もし、怒りのあまりに次も全力で攻撃したら、今度は腕を失うかもしれない。
そうなったら、ふたたび五体満足に戻れる保証などどこにもない。
なので、怒りつつもどうやって奴を倒すかを頭の中で考え続ける。
「ふっ。同じことだ。我が盾の前に敵はいない。貴様が何をしようとその攻撃はすべて防いで反撃してみせよう。あれだけの傷をそう何度も治せるわけではないのだろう?」
俺が少し冷静さを取り戻したことで、それが相手にも伝わったのかもしれない。
完全回復を遂げた俺に驚いていたギルバートだが、こちらを見ながらそんなことを言ってきた。
だが、確かにそうだ。
どうやって奴を攻略するかが問題だ。
ギルバートを見ながら周囲にも目を向ける。
俺の周りや後方にはいろんなものが散乱していた。
きっと、魔法鞄の中に入れていたものだろう。
っていうか、知らなかったな。
見かけとは違う大容量の荷物を入れられる魔法鞄だが、それが壊れたときには中身がぶちまけられるのか。
不幸中の幸いってやつかな。
魔法鞄には食料などの失っても補充できるものもあるが、魔法鞄と同等の貴重品もある。
硬牙剣や氷精槍などの魔法武器もそうだし、吸氷石だったり、アイの核だったり。
そのどれもが失われたら大きすぎる存在だ。
鞄と一緒に爆発したり、異空間のはざまに消失なんてことにならなかったのだけはまあよしとしよう。
でも、絶対にこいつだけは許さないけどな。
「戦いは終わりだ、ギルバート。君に死を贈ろう。出ろ、黒死蝶」
周囲に散らばる武器などを見て、攻撃手段を考えた。
硬牙剣を使ったらどうだろうか。
あれも魔力を込める魔法剣の一つだが、その頑丈さには定評がある。
あれなら【反撃盾】と相対しても耐えられるのではないかと思った。
が、それを確認することもできない。
もしかしたら、硬牙剣が吹き飛んだり、それによって俺の腕がちぎれたりするかもしれないからだ。
危険がでかすぎる。
というわけで、別の手段で対抗することとした。
これから行うのは戦いではなく、ただ相手を殺すためだけの行為だ。
「それは、グイードの技か。先ほども使っていたのが遠目に見えていたが、まさか本当に使えるとはな。しかし、知っているぞ。それは相手の傷口からの出血を止まらなくする技であろう。だが、貴様は俺には攻撃を届かせられん。無駄だ」
「そうかもな。相打ち覚悟で盾をぶつけるだけでいいなら、そっちがだいぶ有利だろうからな。だけど、それならそれで対応策はいくらでもあるさ。ノルン、行け」
「なに? 愚かな。それは無駄だと言ったはずだぞ」
武器による攻撃。
それは危険すぎる選択だった。
だったら、それ以外の方法で攻撃すればいい。
簡単で分かりやすい答えだ。
今回のことでよくわかった。
魔術を使う相手には警戒が必要だ。
火を出したり水を出したりという単純なものもあるだろうが、状況によっては一撃で相手を戦闘不能に陥れる可能性のあるものもある。
とっておきの切り札。
それこそが魔術というものなのだ。
だったら、それを正面から叩き潰すよりも、発動させないように倒すほうがいいだろう。
盾を使って魔術を発動するギルバート相手ならば、接近戦はやめるべきだ。
馬鹿正直に武器を持って挑む必要などどこにもない。
ようするに、俺が選択したのは魔術によって相手を殺すためだけのものだった。
かつてぺリア国の在籍していたグイード・パージから手に入れた魔術である【黒死蝶】。
それを発動し、周囲に漆黒の蝶を生み出し、漂わせる。
そして、俺の力の根源でもあるノルンを使う。
が、それは俺の体の中にいるノルンではなかった。
使ったのは周囲の赤い騎兵たちだ。
今この時もバルカ傭兵団と一緒に俺のそばにいた人馬一体の血でできた騎兵がギルバートに向かっていく。
それに対してギルバートは盾で迎えうとうと構えを取る。
先ほどまで俺の体を纏っていた血の鎧と同様に、赤い騎兵であるノルンも魔力の塊だ。
赤黒い魔石を核として、魔力のこもった血だけでできているので、ほぼ魔力であるといってもいいだろう。
それが分かっているからこそ、ギルバートは盾が十分に効果を発揮すると確信していた。
が、甘い。
あれはあくまでもノルンが騎兵の姿を模しているだけなのだ。
血とは液体である。
そして、液体とは形をいくらでも変えられる。
たとえば人型であったり、猫にだって。
さらには、霧のようなものにもなれるのだ。
「な、なんだこれは。ちょ、ちょっと待て……。まさかこんな」
突撃してくる赤い騎兵たちを正面から受け止めようとギルバートは立ち止まっていた。
そして、その騎兵突撃が盾に当たるかという瞬間、赤い騎兵は霧となった。
ギルバートの周囲を真っ赤な霧が覆う。
そして、その中に黒死蝶たちも次々と突っ込んでいく。
さて、ギルバートははたして盾で霧をどうにかできるかな?
いくら最強の盾があろうとも、自分の周りを覆う血の霧なんてものに対応できるだろうか。
しかも、その霧は変幻自在だ。
ギルバートの体に触れ、その小さな雫が肌の表面部分で棘となる。
針で刺したような小さな傷をギルバートの肉体に無数につけていることだろう。
それはあくまでも小さな傷だ。
が、黒死蝶がそこからの出血を強いる。
その傷はなにをしようとも止血することはできない。
しばらくの間、内部を覗くことができないほどの濃い赤の霧がギルバートのいた場所にとどまり続けた。
そして、その内部では叫び声が断続的に続いていた。
痛い、痛いと子どものように叫び、その場から逃げようと位置を変える。
だが、その動きに追随するように血の霧も移動していく。
ただの霧じゃないからな。
狙った獲物を逃がすノルンではない。
動き続ける血の霧と、そこから響く痛みを訴える声。
だが、その血の霧内部に助けに入る者はいなかった。
誰がどう見ても不自然な現象のなかでぺリア軍を束ねていた者が痛めつけられているのだからそれも仕方がないだろう。
入っていっても自分も同じ目にあうだけだ。
それが分かっているからこそ、助けようと動く者は一人もいなかった。
こうして、しばらくの間、血の霧が移動を続け、そこから叫び声が聞こえてきたがそれもいつしか止まった。
声も小さくなり、霧の移動も止まってさらに少し時間が経過した後、その霧が晴れた。
そこにはふたたび赤の騎兵の姿がある。
そして、そのそばには見るも無残な姿のギルバートが横たわっていたのだった。
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