丘争奪戦
招集命令を受けた俺がフォンターナの街についた。
街が近づいて来るごとに見える風景として、それまで何度も見たフォンターナの街はやはりこれから戦があるということからか、普段とは様相が違っていた。
街は城塞都市であり、周囲をグルリと壁で囲まれている。
かつて新たな城塞の建築のためのレンガ特需があり稼がせてもらったこともあったが、今はそれも終わりすべて万全の状態だ。
その城塞の外にいくつものテントがはられており、そこに出入りしている人間が多数いるのだ。
どうやらフォンターナ領内から集められた兵が街の外に陣取っているらしい。
バルカ騎士領からやってきた兵士たちも外で待つことになる。
なんといっても、俺はいまだにフォンターナの街に自分の土地を持っていないのだから。
「よっしゃ、ちゃっちゃと準備しますか」
「アルス、お前は先に兵士たちの休む建物を建てといてくれ。あとの陣取りは俺達でやっておくよ」
「わかった。ありがとう、父さん。俺はカルロス様に挨拶に行くから、みんなをよろしく」
「任せておいてくれ。リオンくん、アルスをよろしくお願いするよ」
こうして、俺はちゃちゃっと適当に建物を建ててそこに兵士を押し込め、カルロスへの挨拶に行ったのだった。
※ ※ ※
「これより、ウルク家に正義の鉄槌を加える戦いに赴くことになる。やつらはもともとフォンターナ家の領地であるアインラッドの丘を不当に占拠している。その奪還が目的だ」
俺がフォンターナの街についてから数日して、さらに続々と兵が集まってきた。
そして、ほとんどのメンバーが集まったと判断したのか、カルロスは配下の騎士を自身の居城に集めて今回の戦の作戦について説明する。
東のウルクと西のフォンターナは長年領地争いをしている間柄である。
その両者は領地の接する場所のあちらこちらでぶつかり合うのだが、その中でも長年争いの種になっている場所があるという。
それが、先程カルロスの話の中に出てきたアインラッドの丘というところだ。
かつて何度も奪い奪われるといった係争地であるアインラッドの丘。
山というほどではない場所だが丘という場所も相手に陣取られるとなかなか崩しにくい場所である。
この丘を制するものは相手の領地も制する、という認識が双方にあるようで、相手に奪われても諦めずにすぐに反攻作戦を実施してきたらしい。
だが、それも近年ではウルク家の勝利が続いていた。
かつてあったというウルク家との大きな戦にフォンターナ家は敗れたのだ。
そのとき、丘を奪われ、それ以後なかなか奪還しきれずにいる。
なんとか、丘を奪われたものの周辺の領地の切り崩しだけは防ぎつついたらしいが、それも限界が来ていた。
そして、さらに状況に変化が訪れたという。
それは昨年の出来事だった。
何を隠そう、俺が首謀者となったバルカの動乱でフォンターナ家家宰が死んでしまうという事件が起こったのだ。
それまではまだ幼い少年を当主の座に置いて、レイモンドという家宰がフォンターナ領の一切を取り仕切り、統治を行っていたのだ。
そのトップの突然の死。
周囲に動揺が走る、というか動揺しないわけがない。
あまりの出来事に周囲の政治的緊張は弾けんばかりとなった。
だが、フォンターナ家はその政治的な空白を見事に短期間で解決してしまった。
レイモンドというフォンターナ家の大黒柱がいなくなった数日後にはまだ若い当主であるカルロスが即座にまとめたのだ。
しかも、肝心のレイモンドを亡き者とした人物を懐に入れ、それを飼いならしてしまっている。
周囲の眼はそれをどのようにとらえただろうか。
緊急事態故に仕方のない判断として獅子身中の虫と知りつつ当主が自勢力へと取り込んだと見るか。
あるいは、このバルカの動乱は最初からカルロス当主の主導のもとに行われた権力奪還ショーだったのか。
急展開を迎えたフォンターナ領の動向を見守る流れになったのだ。
結果として見ると周囲の眼には後者であったと映ったのかもしれない。
なにせ領内をまとめたカルロスは俺に指示を出して領地中に新たな道路を敷設し、レイモンドの死によってフォンターナ家から離れかけた連中を引き締めにかかったのだ。
その手際は鮮やかだった。
さらにレイモンドを倒し、農民上がりながら未知の魔法を使うバルカの新騎士たちは、おとなしくカルロスに従っている。
普通は自分の力を示して領地を得るほどになったものは、さらなる栄光を求めるものなのだ。
フォンターナ領内の平定にわざわざ動員されたにもかかわらず、道路造りなどという重労働を押し付けられて戦場にて活躍することもなく帰っていくバルカ勢を見て、やはりあれは当主カルロスの手駒だったのか、と判断された。
極めつけが当主と血の繋がりがあり、かつてレイモンドの政敵であったグラハム家の娘との婚姻。
フォンターナ家の混乱は最初からカルロスが権力を握るために一連の事件を起こしたのだ、と解釈されたのだった。
しかし、実際はそううまくいくことばかりではなかった。
やはり、どれほど短期間で事態を収めたと言っても、敵対する貴族の動けないスキを見逃すほどウルク家も甘くはなかったようだ。
すでに陣取っている丘を拠点として、その周囲の村などを奪い取られていた。
この地は両家ともに南への交通の要衝として位置づけている場所だけあり、その行動はカルロスも無視できない。
故に、今回の作戦が実行されるに至ったというわけである。
※ ※ ※
「それで、その動乱の首謀者さんは今また道路造りばかりをさせられている、と」
「なんだよ、バイト兄。不満そうだな」
「そりゃそうだろ、アルス。せっかく、戦に来てんのに戦いもせずに道路ばっかつくってたって仕方ないだろうが。俺はもっと戦いたいんだよ。活躍して、みんなに俺の力を見せたいんだよ」
「そう考えるのは結構だけど、勝手に兵を動かしたりはするなよ? それに補給路の確保は戦う上で大切なことだよ。今、俺達がやってる作業も十分戦いのために役立ってるさ」
「は〜、去年のアルスはどこにいったんだよ。あのときのギラギラしたお前なら真っ先に敵に突撃して行ってただろ。もっとやる気出してくれよ」
「あの時とは状況も違うさ。それにいずれは嫌でも出番があるよ。それまでは守りを固めてるのもいいだろ。ほら、さっさと作業に戻る」
「ちぇっ、わかったよ。リーダーの言うことには従うさ」
フォンターナの街に集まった俺達がカルロスの指揮のもとにアインラッドの丘に進軍していった。
そして、これも毎度おなじみとなってしまった感があるのだが、俺達バルカ勢は道路整備に勤しんでいた。
アインラッドの丘にはすでにウルク家によって防護壁などの防御陣地が築かれており、ちょっとした要塞と化している。
なので、まずは直接丘を攻めるのではなく、奪われた村などを奪還すべく、その手前に陣地を張っているのだ。
周囲の土地を奪い返して、改めて万全の状態で丘の攻略に取り掛かる。
そのための陣地とそこに至る補給路を俺達が先行して作り上げているところだった。
陣地に建てた塔の上で作業風景を見ながらバイト兄の不満を聞きつつ作業を促す。
俺としては戦わなくてもいいこういう作業を任されたほうが楽でいいと思うのだが、やはり戦いたいらしい。
バイト兄は平和な時代に生まれていたら社会に馴染めなかったのではないかと思ってしまうくらいやる気に満ちているが、俺はそこまで好戦的ではないんだけどな。
「ん? なんだあそこは……。なんか違和感を感じるな……」
「どうしたんだ、アルス?」
「バイト兄、あっちを見てくれ。なんかこう、違和感がないか?」
「ちょっと待て、俺にも双眼鏡を貸してみろ。……どこだ? 別に気になるところは見当たらないけど」
「俺の気のせいかな?」
不満を言っているバイト兄をうまく追い返せた。
そう思ったときだった。
俺の視界の端でなんとなく違和感を感じた。
塔の上から遠くの景色を見ていて、どこか気になるところがある。
だが、双眼鏡を用いて周囲を確認してみても、俺もバイト兄もその違和感の原因が分からない。
「……って、そうか。魔力だ。あそこの森に魔力が集中している。あれはおかしいぞ」
しかし、更によく見ようと双眼鏡を覗き込みながら眼に魔力を集中させたときだった。
俺の視界にその違和感の原因がはっきりと映った。
それは森の中から立ち込める魔力のもや。
その魔力のもやの量もそうだが、場所も問題だった。
魔力の立ち上る位置が移動し続けているのだ。
「バイト兄、敵襲だ。森から敵が来ている。急いで迎撃に行くぞ」
「おい、ちょっと待てよ、アルス。そんな急に出られるわけないだろ。まだ準備もできてないぞ」
「急げ、バイト兄。どんどん近づいてきている。あのスピード的に使役獣に騎乗して移動してきているかもしれない。かなりの数の敵が奇襲しに来たんだ」
のんびり陣地造りをしていたらいいと思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。
塔の上から敵兵の魔力を感知した俺は即座に塔を駆け下り、敵を迎え撃つため、バイト兄を置き去りにする勢いでヴァルキリーに騎乗して走り始めたのだった。
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