初撃と罠と
壁に囲まれた都市からは少し離れた丘の上。
そこにあるバルカ教会に群がるようにして攻撃を加えていた三千ほどのぺリア軍に向かって、ヴァルキリーに乗ったエルビスが駆け、それに続くバルカ傭兵団。
赤揃えのその一団が接近し、攻撃する。
その前にぺリア軍に攻撃が降り注いだ。
ヘイル・ミディアム率いる弓騎兵からの攻撃だ。
馬に騎乗したまま、ヘイルたちが弓を射る。
その弓は全員が柔魔木の弓のようだ。
弓に魔力を込めることで柔魔木がしなり、それにより威力と射程を伸ばすことに成功する。
駆け抜けるエルビスたちの頭上を飛び越えて、矢の雨が降り注いでいく。
速い。
以前、グルーガリア兵と敵対し戦ったことが俺にもある。
が、そばで味方として動く弓兵たちを見るのははじめてだった。
今、この場にいるのは百騎ほどと数はそれほど多くはない。
しかし、一射行うとすぐに次の矢を取り出して構えて射る。
その動作には一切の無駄がなく、しかもそれが続いていく。
たった百騎からだというのに、その何倍もの弓兵がいるかのような印象すら受けるのだ。
それは、グルーガリア兵が一人ひとり達人であるからこそだろう。
幼い頃より弓を持ち、そして大人になってもたゆまぬ訓練をしているからこそ、この場にいる全員が並外れた腕前を持つのだ。
しかも、それを束ねて指揮しているのは歴戦の弓兵たるヘイル・ミディアムだ。
かつて、俺が血を吸った流星の親父はこれまでも数多くの戦場で戦ってきたのだろう。
そして、指揮を執ってきたに違いない。
百騎の弓兵から放たれる速く正確な射撃は、そのすべてが統一されていたのだ。
ヘイルが狙いを定めて放った矢に続くようにほかの弓兵も続けて射る。
こうすることで、狙われたほうは等間隔に敷き詰められた矢の絨毯が空から落ちてくるように感じているのではないだろうか。
他では得られない柔魔木の弓から放たれるその矢の攻撃は、一撃一撃が非常に高い攻撃力を持つ。
例え、全員が金属鎧を纏っているバルカ傭兵団でも、この攻撃を食らったらただでは済まないだろう。
「すごいですね。さすがは弓を持たせたら他の追随を許さないグルーガリアの兵ですね」
「それはそうでしょう。なにせ、隣の国には恐ろしい少年がいるのですからな。こちらもあの敗戦からさらに厳しい訓練に明け暮れて備えているのですよ」
「なるほど。日々強くなっているというわけですか。怖いですね」
エルビスたちが接敵する前に届いたその攻撃で、ぺリア軍には動揺が広がった。
もともと、エルビスの威勢に動揺していたのだから、さらに狼狽えているという感じだろう。
が、それでも、教会を攻撃していたのはなにも素人だけではない。
ぺリア軍の中央にいる者が指示を出したことで、矢の攻撃にたいしての対策を取った。
「壁、か。魔法は便利でいいが、あれだけは本当に厄介ですな」
「【壁建築】の壁は分厚いですからね。さすがに柔魔木の弓を使ってもあれは貫通できないでしょう?」
「普通ならばそうでしょうな。だが、このヘイル・ミディアムにとってはあの程度の壁など布切れと同義。それはあなたも同じでしょう、アルフォンス殿?」
「まあ、そうですね。じゃ、一緒に撃ちますか」
グルーガリア弓騎兵が引き続き、矢の攻撃を続行している。
そのそばで、俺とヘイルが声を掛け合い、そして行動に移した。
俺も腰の魔法鞄から弓を取り出す。
その弓は、もちろんヘイルたちと同じ柔魔木の弓だ。
そして、その柔魔木の弓につがえる矢は特製のバルカ鋼でできた金属の矢だった。
その弓と矢に魔力を込める。
さらには己の持つ体力までもを詰め込んで、最強の一射を放つ。
全員が達人であるグルーガリア弓兵ですら抜けない、魔物である大猪の突撃を防ぐために作られた【壁建築】による分厚い壁。
それを、ヘイルの言うような布切れとは言わないが、ただの障害物程度に変えてしまう攻撃を二人同時に放った。
「流星」
俺とヘイル。
二人ともが騎乗した状態で放ったその矢は、ほかの矢を追い越す勢いで空を切り裂きながら飛んでいき、ぺリア軍の最前線へと到達する。
矢の絨毯攻撃を防ぐために乱造されたいくつもの壁。
その壁に【流星】が衝突し、大地を揺らす。
はじけ飛ぶ壁。
砕けたレンガの塊がその周囲へと吹き飛び、ぺリア軍へとぶち当たる。
弓の攻撃を防いでくれる安心安全の守りだと考えていたレンガの壁が、一瞬にして自分たちの身を傷つける凶器となった。
そして、その崩れた守りからそれまで走り続けていたバルカ傭兵団が突っ込んでいく。
そちらにも多少、レンガが飛んできていたはずだが、そんなものは無視とばかりに一心不乱に走り続ける。
そうして、開いた穴から食い荒らすように攻撃を加えていった。
バルカ製鉄所で作られた高い切れ味と耐久性を両立させたバルカ鋼の剣が猛威を振るう。
「これは、あっという間に決まり、ですかな?」
「……いや。どうもそういうわけにはいかないみたいですよ。というか、もしかして罠に嵌ったかな?」
バルカ教会を攻撃していたぺリア軍。
それをほぼ一方的に蹂躙し始めたバルカ傭兵団。
だが、ヘイルのいうような、これで終わり、というわけにはいかなさそうだ。
攻撃を行うためにぺリア軍に接近していた俺たちの後方には、ぺリア国の首都がある。
その壁に囲まれた都市の城門が開いたのだ。
そして、そこから出てくるのは武装した軍団だった。
ここにいる武器を持ってはいるが見ただけで貧乏そうで弱そうな見た目の連中とは違い、きちんとした装備を整えた兵たち。
どうやら、教会を攻撃していた者たちは、ただの陽動、あるいはエサだったのかもしれない。
俺たちがそちらに食いつくのを待ち、それを見て背後から攻撃する。
そんなふうに待ち構えていたのか、次々と都市から出てきた真のぺリア軍がこちらに向かって近づいてきたのだった。
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