招集命令
「失礼いたします。アルス様、カルロス様よりお言葉をお伝えに上がりました」
「カルロス様はなんと?」
「はい。アルス・フォン・バルカへ、カルロス・ド・フォンターナが命じる。速やかに兵をまとめて参集するように、とのことです」
「わかりました。すぐに馳せ参じるとお伝え下さい。それにしても、またどこかが反抗的な態度でもとっているんですか?」
「いえ、フォンターナ領内のほとんどは昨年のうちにカルロス様にてまとめられています。今回の招集は別のことであると思われます」
「別のこと? ということは、もしかして……」
「はい。私が耳にしたところでは東の地に動きがあるとか。おそらくはそれが原因ではないかと思います」
なるほど。
俺がカルロスの配下となってから、これまで何度か招集がかかったことがあった。
そのときは、カルロスが治めるフォンターナ家の領地内での反抗勢力があったため、それを抑えに行ったのだ。
俺もそれに何度も参加して、主に道路造りと陣地造りをしてきた。
だが、どうやら今回の招集はそういう流れにはなりそうにないらしい。
東の地、すなわち、フォンターナ家とは別の貴族家が治める土地で動きがある。
となれば、いよいよ戦になるのか。
あまり気は進まないが、行かないという選択肢は取れない。
俺はすぐに兵を集めるように指示を出して、フォンターナの街へと向かうことにしたのだった。
※ ※ ※
「東か……。ウルク家とまた戦になるんだろうな」
「父さん。またってことは以前もあったの?」
「そうか、アルスはまだ小さかったから覚えてないのか。昔、お前がまだ小さかった頃にな、フォンターナ家とウルク家で大きな戦があったんだよ」
「あー、なんとなく覚えているかも。確か、それを見て俺も自分の武器がほしいと思ったんじゃないかな。その後にお金稼ぎでサンダルを作ったんじゃないの?」
「ああ、そうだったかもしれん。懐かしいな。今はサンダルを作るどころじゃなくなったが、確かにその頃だな、お前が金・金・金っていい出したのは」
「なんだよ、ちゃんと稼いでたんだからいいだろ」
「いやー、今だから言うがな、まだ名前もつけてもらってない年齢のお前が金のことを言い出して、いろいろやりはじめたのを見て母さんと驚いていたんだよ」
「もうそんな昔のことは言いっこなしだよ。今、こうしてみんなが無事に暮らしているんだから許してよ」
「許すもなにもないさ。あの頃はこんなふうになっているとは思わなかったが、生活は確実に良くなったからな。お前には感謝してもしたりないくらいだよ」
「そんなことないさ。感謝するのは俺の方だよ、父さん。いろいろ好き勝手やってる俺やバイト兄のケツを拭いてくれてるんだから。でも、そうか。あのとき戦に参加したってことは父さんはウルク家と戦ったことになるのか」
「そうだな。といっても、あのときは一般兵だったからな。騎士と直接戦うようなことなんてなかったが、遠目で見ていてもすごかったぞ」
「そんなにすごいのか、ウルク家の魔法は」
「ああ、もともと東西で隣接しているからフォンターナ家とウルク家は仲が悪いんだよ。犬猿の仲とかいうのがピッタリじゃないかな。フォンターナ家の使う氷の魔法とは正反対の魔法をウルク家は使ってたよ」
「氷の正反対、火の魔法か。それがウルク家の魔法なんだね、父さん」
「それは違いますよ、アルス様」
「ん? リオンか。違うってのはどういう意味だ? ウルク家は火の魔法を使うって聞いていたんだけど……」
「そうですね。確かにウルク家が使う魔法には炎を生み出すものがあります。しかし、その本当の力は別の所にあるのですよ」
「別のところ? 火の魔法じゃないけど炎を出す魔法ってなんだよそれ」
「ウルク家の使う魔法は【獣化】の一種である、と言われています。奴らは狐に化けるのですよ」
「狐に化かされるんじゃなくて、狐に化ける?」
「そうです。獣化の魔法を使う貴族家はいくつかありますが、その中のひとつがウルク家です。狐に獣化したウルク家の騎士たちは朧火という魔法を使います。ですが、単純に獣化そのものも厄介なのですよ」
「もしかして、獣化すると身体能力も上がったりするのか?」
「そのとおりです、アルス様。狐に獣化した騎士はとにかく厄介になると言われています。気をつけてください」
まじかよ。
しかし、魔法っていうのはそんなことも可能なのか。
てっきり、俺は自分が土の魔法しか使えない上にフォンターナ家が氷魔法だけだったので、そういう系統ばかりなのかと思っていた。
だが、実際には獣化する魔法なんてのもあるのか。
というか、もうちょっとそういうことを勉強しておくべきだった。
バルカ騎士領の領内の経済改革や街づくりに熱中しすぎてしまったかもしれない。
「おい、リオン。その獣化っていうのはどんな姿になるんだ? 全身毛むくじゃらの獣の姿になるのか?」
「それは違いますよ、バイトさん。獣化といっても狐そのものになるわけではありません。あくまでも人間の体に狐の特徴を現すだけだと聞いています」
「あん? もしかして、獣化しても基本的には体は人のものってことか?」
「はい。具体的には頭に狐の耳とおしりに狐の尾がつくということになります」
「キタコレ! リオン、その話は本当なんだろうな。ケモミミってやつか。ケモミミが実際に見られるのか!」
「わっ。急に大きな声を出さないでください、アルス様。私の乗るヴァルキリーが驚いてるじゃないですか。そうですよ。ウルク家の魔法が発動すると、その人物の頭には獣耳が現れます。……って、そこまで嬉しそうな顔をするようなことですか?」
いや、嬉しいだろ。
まさか、そんなファンタジーなことが存在する世界だったとは。
まだまだ俺の知らないことが多いものだ。
それにしてもケモミミか。
できればおっさん連中ではなく、リリーナのような美少女の頭に狐耳があるところを見たい。
俺はこれから戦があるかもしれないにもかかわらず、頭の中で妄想するだけでもワクワクしてしまった。
そんなふうにウルク家のことについてあれこれとリオンに聞きながら、カルロスの待つフォンターナの街へと向かっていったのだった。
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