軟弱な者たち
「ちょっといいですか、団長」
「どうしたんだ、ゼン?」
「えっと、その……、最近なんかこの国にいる周りの奴らの雰囲気って変わってきましたよね。なんていうか、景気がいいっていうか、明るいというか」
「うん? まあ、そうかもしれないな。それがどうしたんだ? なにか気になるのか?」
少しずつ変わっていくオリエント国。
そんなオリエント国で軍に所属しつつも、ゼンも工事などの仕事に精を出していた。
そのゼンが、微妙な表情で言い出した。
周囲の雰囲気が明るくなってきている、と。
本来ならばいいことのはずのそれを指摘するゼンの顔は、なぜだか微妙な雰囲気を醸し出していた。
どうしたというのだろうか。
「いや、実はちょっと前から気にはなっていたんですけどね。最近特になんですけど、志願兵の数ってあんまり増えなくなってないですか? オリエント軍もバルカ傭兵団も」
「……そうか? 規定数を確保できているはずだけど」
「そうなんですけど、それってこっちが指定した数でしょう。採用数っていうか。そうじゃなくて、兵になりたがるやつが減ってる気がして。前はもっと、兵士や傭兵になりたいって奴が多かったというか、それくらいしかできる仕事がなかったってのもあるんでしょうけど」
「ああ、なるほど。つまり、あれか。今は稼げる仕事が増えてきたから傭兵とかに人が集まりにくくなっているってことか。軍とかで受け入れられる数は限られているからあんまり気にしていなかったけど、たしかに言われてみればそうかもしれないな」
「でしょう? まあ、別に数を確保できているからいいんですけど、なんとなく気になって。街中でも軟弱な奴が増えたような気がするんですよね」
「いや、それはお前が強くなっているからってのもあるんじゃないか? 市民相手に喧嘩とかはするなよ、ゼン」
「しませんよ、たまにしか」
もともと小国家群で傭兵として生計を立てていたゼン。
そのゼンが言うには、本来だったらもっとオリエント軍やバルカ傭兵団に入りたがる人がいてもおかしくはないのではないかというものだった。
確かに、これまでオリエント国では大きく負けるような戦いはしていない。
そうすると、少なくとも傭兵は集まってくる。
常に勝ち戦を続けている陣営では傭兵団の損害が少なく、それでいて稼げるからだ。
なので、現状のうちの戦績であればもっと人が集まってきていてもおかしくはない。
そして、それは以前まではそうだった。
が、最近はどうだろうか。
ここ数年は工事に人がとられている。
川の付け替えのためには魔法だけでは完了できないために、人手が必要だ。
しかも、最近は俺やアイ以外にも工事の仕事を行う者が出現した。
おかげで、人手が足りないという時もある。
そうなると、人手を集めるために賃金を多く支払う必要もあった。
そうしないと集まらないからだ。
なので、他国が不況にあえいでいるなかでもそれなりに稼げる仕事がオリエント国には常にある。
そして、最近では商人たちも新たな金策に成功して、次々と新規事業を立ち上げて商売をしていた。
工事ではなく商売の仕事に就く者も出てきている。
そうなった場合、戦場で戦う兵士という職業はどうだろうか。
どうしたって命の危険があるからな。
危険と引き換えに報酬を望むよりも、安全に日々の生活を送れる仕事を選択する奴は多いかもしれない。
ゼンが言う軟弱な奴らってのはそういう類の連中だろう。
「もしかして、このままだとだんだん兵力を集めにくくなるってことか。そうなると困るな」
「実際のところどうなんでしょうね? 自分で言っておいてなんですけど、思ったよりも志願者の数が伸びていないってだけで、総数だけでいえば増えてはいるんですよね。だから、数が確保できなくなるってことはないんでしょうけど、やっぱこう、戦場に出る以上、気合いの入ったやつらじゃないと役に立たないですし」
うーん。
難しいところだな。
なんだかんだと言いつつ、景気の良さなんていつ変わってもおかしくないしな。
だが、今のオリエント国は強いわけではない。
周辺の小国には対抗できるようになっているというだけで、強い相手や、数の多い相手、それに大国相手では負けるだろうし。
ゼンが言うように、今すぐ数の確保が難しくなっているわけでもないが注意は必要だろう。
即座になにか問題があるというわけではないけれど、もしかしたら後々に影響が出るかもしれないか。
「わかった。アイとも相談して兵数の確保が続けられるような方法でも考えてみるよ」
「すみません。思い付きで適当なこと言っちゃって」
「いや、いいよ。貴重な意見だった。ありがとう、ゼン」
現場で肌感覚でゼンが感じた意見は無視できない。
杞憂になるかもしれないけれど、どうするかアイと話し合っておくことにしよう。
さっそく俺はゼンから聞いたことをアイに伝えたのだった。
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