時間の効率化
オリエント国に出現した「寝ずの館」。
それがこの国に与えた影響は意外と大きかった。
それは、人々の暮らしに大きく関係している。
これまで、この国やほかの小国、あるいは大国であるブリリア魔導国であってもそうだが、人は夜になると眠るのが当たり前だった。
単純に夜はどうしても暗いので活動が制限されるということもある。
それでもなにかをしたければ、明かりを灯して光を確保する必要があった。
が、それらはけっして安くはない。
大きな家であれば夜であっても明かりをつけることができたとしても、深夜になれば消してしまう。
だが、それを大きく変えることができるのが生活魔法の【照明】だ。
呪文を唱えるだけで手のひらから光の球が出てくる。
それは部屋の中を照らして書物を読むのを可能とし、しかも火ではないために火事が起きる心配もない。
さらにいえば、誰でも扱える生活魔法であるため魔力消費量の少なさもあり、夜の闇が怖いものではなくなるのだ。
なので、東方で魔法が広がると、夜に活動する者が増えた。
が、それはそれとして、今までの生活もある。
人は朝明るくなったら起き出して、夜暗くなったら眠る。
それが自然の摂理であり、多少の光が手に入ったとしても変わりようのない法則である。
誰しもがそう思い込んでいたのだ。
いわゆる、常識、というものだろう。
が、それがアイの仕事場である「寝ずの館」の出現によって変わってしまった。
【照明】を使って明かりを灯せば、朝も昼も夜も関係なく仕事ができることが証明されてしまったのだ。
それを最初に見た人は狂気を感じただろう。
自然の摂理に反したそのような行為はいずれ破滅につながる、とさえ言った者がいたとかいないとか。
だが、不幸なことにアイの仕事場で働く異常者どもは頭がおかしかった。
本来であれば【瞑想】という夜寝る前に使ってから一定時間眠ると疲れがすっきりと無くなるというアルス兄さんの魔法を、起きている間もずっと使って仕事をしていたのだ。
【瞑想】を唱えて疲労を軽減しながらアイとともに働き、【瞑想】を使って睡眠をとることで最低限の休息でも活動し続けられるようになったらしい。
きっと、どこまで休息時間を削っても大丈夫かを自分たちの身で検証したんじゃないだろうか。
そういえば、バルカニアにいたもともとオリエント国出身のグランもそんなことを昔からしていたとか言ってたっけか?
この国の連中は自分のしたいことならばそういう行動にためらいがない者が多いのかもしれないな。
なんにせよ、アイの仕事を補佐する者たちはそんな仕事環境にありながらも体を壊すことなく働き続けていたのだ。
するとどうなるか。
彼らは寝る時間を削るだけには留まらなくなった。
アイの仕事速度についていくにはどうすべきか。
寝る以外に削れるものとして考えられたのが、食事の時間だった。
食べる時間を削る。
何度か「寝ずの館」に足を運んだ時に見た光景だが、彼らは生きていくのに必要な栄養を確保すればいいとでもいうかのように、食べ物を口に放り込みながら働いていたのだ。
が、それでもなお不満だったらしい。
【着火】で火を熾して料理する、なんて時間のかかることはしない。
というか、作り置きすらも面倒がった。
なので、出前しておいた料理を箱型魔道具で温めなおして食べるだけ、などになっていったのだ。
そうなると、出前を運んでもらう必要がある。
朝も昼も夜も、時間に関係なく取り寄せたい。
そう考えて、料理屋に注文したらしい。
深夜にでも配達してもらえないか、と。
そんな非常識な注文は断られてしまった。
夜中に働くのも嫌だが、深夜に出歩くのも危険だから当然だろう。
だが、彼らはそれで諦めなかった。
ならば、その料理屋が仕事をしやすくなるようにと、環境を整えだしたのだ。
都市内の治安向上を目的に【照明】を用いた街灯の設置法案を整えて、それを議会に提出し、通してしまった。
料理屋から「寝ずの館」まで、暗闇に恐れることなく移動することが可能になってしまった。
そんなふうに、仕事の効率化を求めて都市内の環境整備が少しずつ、行われていったのだ。
料理だけではない。
アイに会いに他の国からも人がやってくる以上、アイのそばで働く彼らも身だしなみには気を付ける必要がある。
つまり、着る服や髪の手入れにまで気を配る必要があったというわけだ。
そういった、さまざまな業種の人間に対しても時間を気にせずに呼び寄せようとしたわけだ。
その依頼を断る者は当然いるが、なかには受ける者もいた。
なにせ、通常の時間外に呼び寄せようというわけだから相応の支払いをすると約束もしていたからだ。
深夜にやってきた服屋が彼らに仕立てた服を渡したり、仮縫いしたりとやったらしい。
そんなこんなで、オリエント国首都では夜中に働く者が少しずつ出現し始めた。
そうなると面白いもので、それを真似る者が出てきたのだ。
ほかの人が働いていない夜中に仕事をすることは、特別料金を得て金を稼げる機会であると考えたのだろう。
いつしか、それは「寝ずの館」とは直接関係のない仕事にまで波及し始めた。
だんだんと増え始める深夜営業を行う商売人たち。
そして、そうなると仕事をしていなくても夜に起きている時間が多くなってくる庶民も現れ始めた。
時間の効率化から始まった、誰も主導していないその流れによって、オリエント国は深夜も明かりと人の動きが途絶えることのない都市へと少しずつ変貌していったのだった。
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