生活変容と互助会
「お金の扱いって難しいもんだね。仕事をしなくなる奴も出てくるのか」
バイデンの町などの山間に点在するいくつかの土地で行った新機能搭載型腕輪を使った社会実験。
そこで観測された現象はいい勉強になると感じた。
というのも、ラムダのように貸付で利益を上げ始めている者がいる一方で、それまでの仕事を怠ける者も出てきたようなのだ。
町に建てたバルカ教会にバイデンが相談しにきたようだ。
今回、一定額を返すだけでお金が借りられることと、その返済に魔石を売ればエンが手に入ることで新たな問題が出てきた。
それは、今までの町での仕事をしなくても生活できると考える者がわずかながらに出現したからだ。
町、といってもたいした規模のものではなくたいていの人は畑などで農作物を育てながら生計をたてている。
そのため、町にとって一番重要なのは農業だということになる。
霊峰の麓の集落などで手に入る魔物の素材や錦芋虫の生地などはあくまでもついでであって主ではない。
が、農業というのは大変な仕事だ。
【整地】や【土壌改良】などの魔法があれば、土を耕すという重労働からは解放されるものの、それでも種を植えたり、手入れをしたり、収穫をしたりするのは手間がかかる。
そして、植えればすぐに育つのはハツカのようなごく一部のものだけで、基本的には収穫まで時間がかかるものなのだ。
その間に天候や災害によって収穫ができなくなるという可能性もあるだけに、本当に心身ともに疲れる仕事と言えるだろう。
それがどうだ。
バルカ教会が魔石の買い取りを始めた。
【魔石生成】という魔法を使って魔石を生み出し、【魔力注入】という魔法で魔石に魔力を込めていく。
そうして作った内包する魔力量の多い魔石を一定額で買い取るのだ。
個人の魔力量によって作れる魔石の質と量はある程度決まっているが、逆に言うと毎日同じだけの作業で一定の金額を手にすることができることを意味していた。
そんな生活を数月ほど経験した若者の中にはこう思った者もいたようだ。
疲れる農作業なんかする必要あるのか、と。
頑張って農作物を育てても、大雨やなにやらで一瞬にしてすべてが無に帰ることもある。
そうなると、それまでの期間の収入が全て無くなることにもなる。
だったら、最初から魔石だけで金を稼いだほうがいいんじゃないだろうか。
どうやら、そんなことを考えるやつが出てきたようだ。
もちろん、それはごく一部の者だけだ。
全員がそう思っているわけではない。
それにラムダのような金を持っている連中も打ち出の小槌というわけではない。
いずれ金を貸すこともできなくなるだろう。
なので、その考えは完全に破綻するものだ。
が、バイデンとしては気になるんだろう。
なんせ、昔からその小さな町の顔役として周囲に気を配ってきたんだからな。
いくら、魔法で農地を増やせるようになったところで、そこで仕事をする者が少なくなればおしまいだ。
というか、誰も食べ物を作らなくなってしまえばいずれは自分たちが食うものすら無くなってしまうことになる。
たとえ今年だけの愚かな行為だとしても、食料不足は地獄を見ることになる。
そんな嫌な未来が見えたからこそ、バルカ教会に相談に来たのだろう。
面白い現象だな、と思った。
というのも、小国家群、あるいはオリエント国ではそこまで顕著な流れは出てきていなかったからだ。
というか、エンを貸し借りできる機能の腕輪もまだ使っていないしな。
が、それを抜きにしてもこちらと向こうでは状況が違う。
なんといっても、俺がアイの指示に従って大規模工事をしまくっていたからだ。
魔石を売るのも限界がある。
どれだけ魔力を込めようとも、一般人が込められる魔力の量は魔力量の多い人間からすれば微々たるものだ。
なので、そんな魔石の買い取り金額も小国内で生きていくことで言えば、生活の足しになるくらいなものだった。
そして、魔石買い取りよりも収入になる工事の仕事があるので、働かないよりは働いたほうがいい生活を送ることができた。
そのため、仕事をしないという選択をする者がいるというのは、気にするようなことではなかった。
ちなみに食料に関していえば、俺やアイが不況の際に買いあさった土地を農地改良していたりして、生産もさせているので今のところ影響はなさそうだしな。
「そうだなあ。仕事をするように誘導ってことで、互助会を活用しようか」
ぶっちゃけ、オリエント国から離れた小さな町がどうなろうともあまり関係はない。
ないので、様子を見続けて崩壊するのもありっちゃありだ。
が、さすがにそれは救援を俺に頼んできたバイデンにも悪いしな。
それに、魔法を使える者はバルカ教の信者であり、バルカ教の信者はバルカ教会が守るという立場もある。
なので、手を打つことにした。
それは、バルカ教会にある互助会を利用するということだった。
互助会とは信者同士の助け合いを行う組織だ。
が、助け合いは無料ではない。
なにか助けてほしいことがあればお金を払って依頼をし、互助会に所属する者がその依頼を達成すると依頼料から報酬を得る。
これを新バルカ街やオリエント国ではやっていた。
バイデンの町でも同じように互助会を利用しよう。
そして、最初のうちはこちらからも依頼を出したり、報酬の一部負担でもやろうか。
こっちから農業の依頼を出して、農作物の買い取りをしてもいいかもしれない。
さらに、そこで重要なのが互助会での評価だ。
これははるかに西のジャングルなどでの冒険者にたいしてアルス兄さんが行った評価付けを参考にして作った制度だ。
互助会で世のため人のために働いた者は、その働きぶりを評価してS〜Fなどといった記号での格付けがされるのだ。
ぶっちゃけ、この制度は導入したもののいまのところたいして役立っていない。
たとえばC評価だったらなにか変わるのかと言われれば、せいぜい周囲から頑張っているんだねと思ってもらえるくらいだからだ。
だが、この評価の高さによって、貸し借り機能に制限をつけてみるのはどうだろうか。
さすがに今のように金を借りて生活すればいいやとだらける者が増えるようになってしまうようなら、オリエント国では使えないしな。
評価が一定以上に高くなければ貸せないとか、評価の高さで借りられる上限が設定されるとか、そんなふうにしてみてもいいかもしれない。
とりあえず、バイデンからの意見を受け、俺の考えをアイに話したのだった。
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