流水騎兵術
「すごいの。例の巨人がすごいのは分かっていたが、歴戦の傭兵とはあれほどなのか」
この町にやってきたバルカ傭兵団。
その中に一人、とても目立つ者がいた。
アトモスの戦士と呼ばれる巨人だ。
全身に赤の金属鎧を着こんで、巨大な剣を振り回して暴虐の限りを尽くしている。
まるで木の葉を引き裂く程度の気安さで、この地を襲った暴漢たちを屠る姿は恐るべきものだった。
あれが次に自分たちを攻撃するかもしれぬ。
そう考えただけで、けっして逆らってはならぬと思わされるほどの暴威の化身だった。
だが、それに劣らぬほどの強さでほかの暴徒を倒していくバルカ傭兵団。
白き獣に騎乗し、同じ赤鎧を身に纏い、突撃攻撃を敢行していく。
その騎兵の強さは壁の上から覗き見たからこそ理解できると言えるだろうか。
まるで、一個の生き物のように百ほどの騎兵が動いているのだ。
あれほどに集団が意思疎通を行って動けるものなのだろうか。
この町を長年まとめてきたからこそ、人をまとめる難しさというのはよくわかっているつもりだ。
小さな山間の町であるとしても、人が複数いれば全員が違うことを考えて動く。
どうしたところで、協調した動きをとれぬ者はいるものだし、そうではなくとも瞬時に一致した行動をとることは難しい。
だが、赤と白の騎兵たちは相手に向かって突き進み攻撃し、相手が【壁建築】などで守ろうとしてもそれを避けて攻撃を続けている。
その一連の動きには一切の無駄がなく、流動的で、ある種の美しさのようなものが感じられた。
川を流れる水のように壁を避け、そして合流し、押し流す。
分散と集合が淀みなく繰り返されるその攻撃は、まるで流水だ。
相手がどんな行動をとろうとも、その動きに逆らうこともなく動き続けるその様はまさに芸術のようだった。
名付けるならば、流水騎兵術とでもなるだろうか。
そうして、あっという間に悪漢どもは駆逐された。
まるで、川の氾濫でも起こったのかというように騎兵に押しつぶされて縮小していく悪人どもの集団を見ているだけでも心躍る。
もしも、私があと二十は若ければ、一緒に騎兵となって戦いたいと思っていたかもしれぬ。
あるいは、この町の若者のなかにはそう考えている者がいるかもしれない。
同じく、壁の上からともに防衛していた義勇兵たる町人たちは、圧倒的な強さを見せたバルカ傭兵団を見て興奮している。
「しかし、本当によかったのでしょうか? 彼らに助力を頼んだというのは」
「なんじゃ、ラムダよ。お前も賛成していただろう?」
「それはそうですが……、物事の前後では考え方も変わるものですよ。この町の住人とは一切かかわり合いのないバルカ傭兵団が今後この町にどう影響してくるか、誰にも分らないのですから。もし彼らがその気になれば、我々など一晩のうちに全滅してしまうことになります」
「……確かに。人というのは忘れるものじゃからな。喉元過ぎれば熱さを忘れるともいうしな。今日、助けてもらったということもいずれ忘れるかもしれん。そのときに、バルカ傭兵団がそのことをどう思うかによって、町の将来は岐路に立たされるじゃろう」
「先ほどの矢文にはなんと書かれていたのですか?」
「ふむ。読むか?」
隣で地上を見つめていたラムダ。
こんな田舎には珍しく、機転の利く若者だ。
それが心配をしている。
さすがに助けてもらってなにもない、とは考えていないようだ。
どんなことを要求されるかが頭の中で渦巻いているのだろう。
そのラムダに矢文を手渡す。
バルカ傭兵団が救援に到着した直後に壁の上へと放った矢に取り付けられていたものだ。
それはバルカ傭兵団への依頼内容とそれに対する報酬という、いわば契約書になっていた。
事前に作成していたのか、きちんとした書面として書かれていたものがそこにはあったのだ。
きっと普段はそこに書かれた内容に合意がなされた場合に依頼受諾となるのだろうが、今回は伝令を送ったこともあり正式な合意なしで手を貸してくれたということになる。
なんというか、ひどく格式ばったことをするものだと思ってしまう。
「これが、傭兵が要求する内容なのですか?」
「そのようじゃな。町の人間のバルカ教への改宗とバルカ教会の建設。そして、町人全員が救援にかかった金額を負担するということらしい。だいぶ、変わったことをするようじゃな」
「そうですね。しかし、町人全員にお金を請求するのですか……。ですが、払わないような者がいるときにはどうするのでしょう? というか、こんな町では金を持っていない者もたくさんいますよ」
「さて、な。以前、商人から聞いた話ではバルカ教会には不思議な腕輪があって、それで売り買いするということじゃったが、そいつを使うのかもしれんな。年寄りにはそういう難しいことはわからん。ラムダよ、そのことについてはお前がしっかりと確認してきてはくれぬか?」
「分かりました。報酬や罰則、腕輪について責任をもって確認してきますよ。それより、もう完全に勝敗がついたようですね。こちらも壁の門を開けて向こうを出迎えたほうがいいかと。暖かい湯も用意しておきましょう」
「頼む」
こうして、この町の危機は去った。
町を攻撃していた者は誰一人騎兵からは逃れることができずに倒れたのだ。
それを見て、こちらも門を開ける。
壁の上から見ていた時よりも一人ひとりはるかに存在感のある騎兵が順々に入ってくるのを見て、町の多くの者は安心感を、ラムダをはじめとした一部の者は緊張感を高まらせながら、傭兵たちを迎え入れたのだった。
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