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職業訓練所

「グラン、頼むから上手に教えてやってくれよ」


 俺はグランの背中を遠くから眺めながら、祈るようにつぶやいた。

 今、グランはバルカニアの南東地区に作った職業訓練所にいる。

 当然、グランは訓練される側ではなく、教える側だ。

 教会や学校などと一緒に作ったこの職業訓練所ではものづくりについて教えることになっていたからだ。


 なぜ、そんなものを作ることにしたかというと理由がある。

 それはバルカニアに移り住んできた者たちに仕事を与えるためだ。

 もともと、このバルカニアという新しい街は俺が北の森を開拓した土地に作ったもので、まともな住人というのは俺と身内数人くらいのものだった。

 だが、俺がバルカ騎士領の統治をするようになってから、他の住人も住むことを認めることになったのだ。


 このとき、バルカニアという城塞都市の内部に居住するようになったのはバルカ村に住んでいた人と、隣村で俺と一緒に戦いバルカ姓を持つもので自前の農地を持たない連中だった。

 彼らは俺が硬化レンガ作りと魔力茸の栽培をするように言った結果、それなりの収入を得るに至った。

 そして、お金を持つものが増えてきたおかげで、一部の商人たちもバルカニアに建てた建売住宅を購入して住み始めたのだった。


 しかし、問題となるのはそれ以外の人間だった。

 実はバルカ姓を持たず、それ故魔法を使うこともできず、商人たちのようにそれなりの貯蓄があるわけでもない、貧乏で無教養な人たちがいるのだ。

 何故そんな連中がいるのかと言うと、単純に食うに困った奴らがバルカニアに集まってきたためだ。


 かつて俺はフォンターナ家と野戦を行い、それに勝利した。

 その時、すぐに俺のもとにやってきて傘下に加わり魔法を授かった奴らもいる。

 そいつらは非常に運がいいことに、バルカ姓をもらい魔法を使えるようになったにもかかわらず、一度も戦闘することなく停戦合意にこぎつけているのだ。

 その話がおかしな伝わり方をしたようだ。

 なぜか、バルカニアに行けば自分たちも魔法が使えるようになる、という都市伝説じみた話が広まってしまったらしい。

 こうして、ほかの街や村で食うに困ったような連中が一縷の望みをかけてバルカニアへとやってきたのだった。


 だがしかしである。

 俺としては別にこれ以上、無秩序にバルカ姓を与える気はなかった。

 一応フォンターナ家とは穏便に話がついた上に、名付けを勝手にしていたという教会に対する負い目もある。

 それらを忘れて、新たな人間にホイホイと魔法を授けるという行動には出られなかったのだ。

 だが、そんなことはここに来た奴らにとっては「聞いていた話と違う」ということになるのだろう。

 わざわざ遠いところまでやってきて、何も得るものがないと呆然とするしかなかった。


 俺の気持ちだけで言えば、そんな連中のことなど知ったことではない。

 聞いていた話と違うなどと言われても、俺がそんな話を広めたわけではないのだ。

 事実と違うということが分かったら帰ってほしい。

 そう思っていたが、そうは問屋がおろさなかった。


 もともとが、食うものもなく自分たちの土地もなく、街に出ても仕事にありつけないような連中がここまで来たのだ。

 彼らは魔法が得られないとわかったところで、それが引き返す理由にはならなかった。

 魔法がないならないで、ここでなんとか食っていこう。

 そう考えて城壁の外の土地で勝手に住み着こうとし始めたのだ。


 この報告を受けた俺は焦った。

 そりゃそうだろう。

 このまま、勝手に住み着いたやつらを放置しておけばどうなるか。

 想像するのも恐ろしいが、間違いなくスラムが出来上がってしまうだろう。

 俺ががんばって創り上げた街の外が早々とスラムになるなど許せるはずがない。

 なんとかしなければならなかった。


 しかし、だからといって排除することもためらわれた。

 別に彼らが今、なにか悪いことをしでかしているわけではないのだ。

 これを強制的に、武力でもって排除するのは気が進まない。

 できたばかりのバルカ騎士領の悪い噂が広まるなんてことがあっても困る。

 そう考えた俺は外に住み着こうとした連中に簡単な仕事を与えることにしたのだ。

 それが硬化レンガを使った建築だった。


 ちょうど、移住者の問題がではじめたのが外壁工事をしていたタイミングだったので、バルカ姓を持つものが魔法で作った硬化レンガを使ってする城壁改修を手伝わせたのだった。

 バイト兄やバルガスらに押し付ける形で作業をさせて賃金を与える。

 そして、この仕事を真面目にこなせば城壁内に住む許可も与えるとしたのだった。


 ほとんどのものはこの条件を聞き、真面目に働いた。

 おかげで外壁の改修は問題なく終わり、冬を越した際には城造りも手伝わせてそれも完成した。

 だが、ここからが問題だった。

 このままずっと建物づくりだけをする日雇い仕事を続けることはできない。

 なぜなら、そこまでの仕事がこのバルカニアにはないのだから。

 今のうちに彼らには手に職をつけてもらわなければ困る。

 そういう理由でこの職業訓練所を作ることになったのだった。


 覚えてもらいたいものづくりというのは意外とある。

 森林保護区から伐採した木材で作る家具造り。

 木炭造りもまだ少しなり手がいてもいい。

 ヴァルキリー用の鞍や鐙というのも造り手がいる。

 さらに作ってほしいものというのは木材加工だけに限らない。

 ガラス製品も欲しかった。

 窓ガラスは呪文化してしまったので手作りしなくとも問題ないのだが、ガラスの皿やグラスなどは造り手がいてもいいだろう。

 バルカ城にステンドグラスを採用したことで、バルカのガラス製品は割と評判になっているからだ。

 だが、それ以上に造り手として育ってほしいのはガラスのレンズを作れる人間だった。


 それもこれも全部グランが悪い。

 グランは非常に優れた造り手で、俺が依頼したものをいくつも作ってくれて、それは非常に助かっている。

 だが、グランは新しいものや難しいものづくりに情熱を燃やすタイプであり、自分が創り上げたものをその後も作り続ける気はサラサラなかったのである。

 開発能力は高いものの、生産能力のまるでない人材だったのだ。


 ようするにこの職業訓練所はグランが創り上げた新たな商品を劣化コピーでもいいから作ることができる人を増やしたいという思いがあった。

 俺はグランがものづくりについて熱い想いを語るのを引き気味で聞いている移住者たちを見ながら、なんとか脱落せずに技術を習得してこの街に根付いてほしいと祈り続けるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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