感謝と覚悟
「すごい。きれいな鏡ね」
「最近、うちで作り始めたんだ。上質な鏡は結構高値で取引されているから、いい儲けが出ているんだよ」
「ええ。これならいくら出しても欲しがる人はいるでしょうね」
宿に滞在していたエリザベスの治療を行った。
といっても、別に変ったことはしていない。
彼女の手を取り、その手首の血管から穢れた血を取り除いた。
そして、そのまますぐに【回復】をかけたのだ。
それだけで、劇的によくなった。
あとは、栄養の豊富な食べ物でも食べていれば完璧だろう。
その治療が終わったら、それまで暗かった部屋へと明かりが灯された。
どうやら、魔道具があったようだ。
椅子に座ったままエリザベスが手元にあった魔道具を操作し、それによって部屋の中は暖かな光に包まれた。
そこには俺のほかに、全身黒ずくめのエリザベスがいたのだった。
黒というとどことなく暗く、あまりよくない印象を与える気もする。
が、エリザベスの着ている服は違った。
暗闇の中での印象と明るさを取り戻した部屋では受ける印象が全然違うようだ。
光に照らされるとそれによって滑らかな光沢を放つ上質な布でできているのだろう。
上品、かつ繊細で細かな意匠にも気を使っていることが分かる。
そのエリザベスが鏡を取り出して、自分の顔を確認しようとした。
きっと、【回復】を受けたことで自身でも自分の肉体に変化が現れたことが分かったのだろう。
だが、俺はそこでエリザベスの手を取った。
そして、その手に持つ鏡を指から離させて机の上に置き、別の鏡を渡したのだ。
最近、新バルカ街で作った鏡だ。
再会を記念して贈り物をするために俺が持ってきていたものだ。
それは、今までの鏡よりも品質の高いものだった。
ブリリア魔導国のヴァンデンブルグ伯爵家からエリザベスがわざわざ持ってきた鏡よりも質はさらにいい。
アルス兄さんが作った【ガラス生成】という魔法を使い、その異常にきれいでくすみのないガラスの裏に、バルカ鋼へエルちゃんたちが錬銀術を用いて作り上げた純度の高い銀をくっつけたのだ。
どうやら、そうすることで歪みのない姿を映し出すことができる鏡を作り出すことができるのだとか。
新バルカ街で積み上げられていく銀の延べ棒。
それはエンを増やすためにも必要なのだけれど、なにかにほかにも利用できないかなと思い、いろいろと実験中だ。
そのなかで、この高品質の鏡ができたのでちょっとずつ作らせていた。
思ったよりも反響があり、高い値段で買い手がつくので、木で作った額などにも意匠を凝らして高級品として売り出している。
それはエリザベスの目にも十分とまったようで、いい評価をしてくれている。
他国の高位貴族の令嬢からの忌憚のない意見での高評価がもらえるならば、新しい特産品としてこれからも稼ぐことができるかもしれないな。
まあ、エンが広がればお金には困らないんだけど。
それよりも、エリザベスだ。
鏡を見ているエリザベスは、それまで自分の体を隠していた布をとっていた。
特に顔の上から下までを薄いが黒い布が垂れ下がるようにして顔を隠していたのを外して、鏡で顔などを見ている。
そこには昔のままのきれいな金髪があった。
いや、もっときれいになっているかもしれない。
魔道具による照明の光を反射するように、部屋の中で輝きを放つ細い金糸のような髪があった。
貴族院で見た記憶のものよりもかなり伸ばしているようだ。
腰まで長く続く髪は緩く三つ編みにされ、後頭部では一部が編み込まれていた。
なんとなく、このきれいな髪には銀の頭飾りが似合いそうだなと思った。
正式に婚約するときには職人に銀細工を用意させるようにでもしてみようか。
さらに、貴族院にいたときと比べるとほかにも変わっている点があった。
当たり前だけど身長も伸びている。
が、最近は俺も結構背が伸びてきているので、昔よりは俺のほうが追い付いてきただろうか。
それでも、まだ少しだけエリザベスのほうが身長があるので、年上の女性なんだなと感じる。
顔はきれいとかわいいの中間という感じだろうか。
以前はお人形のように整った感じが強かったけれど、今は治療がうまくいったからか、すごくうれしそうな顔でニコニコしながら鏡を見続けているので、こっちまでうれしくなってしまう。
なんというか、人を引き付ける笑顔だった。
最後に肉体は女性らしい体つきと言えばいいのだろうか。
もしも街中を歩けば多くの男性が振り向いて、しばらく見続けるだろう。
今まで何度も戦場に出たが、基本的には男連中が多くて、そういう話をしているのも結構耳にしたものだ。
たいていの男性は出るところが出て、柔らかそうな体の人が好きなようだ。
そういう意味では、エリザベスはきっとものすごく人気が出そうな気がする。
胸なんかエルビスの奥さんに匹敵するか、それ以上に大きいかもしれない。
この厳重な宿の警備はもしかしたらそれが理由なのかもな。
自分の娘を守るために、ヴァンデンブルグ家はセバスにしっかりと言い含めているのかもしれない。
そんなことを思ってしまった。
「ごめんなさい。興奮してしまったわ。遅れてしまったけれど、改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう、アルフォンス君。元気になれただけではなく、こんなにきれいな髪や肌になるなんて、本当にうれしい」
「いいよ。知った人が呪いで死ぬなんてことがなくてよかったよ。もう大丈夫そうかな?」
「もちろん。これ以上ないくらい元気になれたから大丈夫。本当にありがとう。この恩は一生をかけてでも返してみせるわ」
そのエリザベスの顔を見て、ドキッとする。
さっきまではただうれしさのみの笑顔だった。
だが、そこに涙が加わっていた。
嬉しさと感謝と覚悟。
多分、そんないろんな感情が詰まっての涙なんじゃないだろうか。
彼女は貴族家の女性として、どうしてこの場に自分がいるのかを理解している。
もちろん、体を治すためにだけが目的でいるのではないことをしっかりとわかっていた。
そんな彼女が一生という言葉を口にした。
それは間違いなく、俺とともに生活をすることを意識してのものだろう。
ひとまずは成功かな。
あんまり結婚というのがどういうものかはいまだにピンと来ていない。
けれど、エリザベスの覚悟を感じ取ったことで、俺も彼女とともにこれから一緒の時間を過ごしていくことになるのだということだけは分かったのだった。
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