治療と報酬
「じゃあ、さっそくだけどやっちゃおうか。体を治すなら早いほうがいいしね。この椅子に座って」
「よ、よろしくお願いいたします。ここに座ればよろしいのですね? 横になったりする必要はないのでしょうか?」
「うん。すぐ終わるから大丈夫。安心してね。ちょっとだけ、腕を失礼」
セバスの後方にいた女性を椅子に座らせる。
この人も伯爵家に仕える人なのだろうか?
ほかの侍女の服と同じものを着ていることから、おそらくは侍女なのだろうとは思う。
人当たりのいい大人の女の人という感じだった。
その女性をみんなが見ている前で椅子へと座らせた状態で、俺は彼女の手を取った。
手首のあたりを俺の手でつかむようにして、手のひらから魔剣を出す。
まあ、いつも戦場で使う大きさの魔剣ではなく、本当にごく少量の血だけど。
だが、それで女性の手首には小さな傷がつき、そこから俺の血と魔力が入った。
以前は鎧姿のノルンにお願いしてやってもらっていたけど、今はこういうふうに治療ができるようになっていた。
すぐに、その手首の小さな傷から穢れた黒い血を抜き取ることに成功する。
普通の血とは明らかに違う、どこか禍々しさを感じる彼女の穢れた血を俺はみんなに見えるように手のひらに乗せて突き出した。
「これが呪いによって穢れた血だよ」
「……これが私の体の中にあったのですか? 普段の生活で怪我をしたときに血を流したことがありますけれど、こんな黒くて気持ちの悪い血は見たことがないのですが……」
「だろうね。全身の血液の中のこれだけが穢れた血ってことだから。あなたはまだ症状が軽いと言っていたし、それほど穢れが広がっていなかったんだと思うよ。多分、症状がもっと重たい人ならこれ以上に大きな血の塊を取り出すことになると思う。それよりも、体調はどうかな?」
「……えっと、分かりません。が、なんとなくすっきりした気はします。治ったのかと言われるとちょっと困ってしまうのですが」
「ああ、もともとまだ初期状態くらいの症状だったし、進行していなかったからね。体を動かすと息切れしやすいんだったっけ?」
「はい。疲れやすさがありました。そういえば、今はその疲れはましになっているように思います。さっきまでは体の芯がどうにも疲れているような感じがしていましたが、それはないような感じです」
ふむ。
治ったのは間違いないと思う。
が、この人は実際に治療を見せる際の患者としてはちょっと症状が軽すぎたのかもしれないな。
いまいち、前後での判断がつきにくそうだ。
多分、彼女自身はうまく言葉にはできないけれど体が軽くなった感じはしていると思うが、ほかの人にはそれは見ただけでは分からないしな。
もうちょっと劇的な変化でも現れるほうがよかったかもしれない。
「っていうか、ほかにもいるんじゃないの? 治療を確認するのにひとりだけしか用意しないってこともないだろうし」
「はい。実はそのとおりでございます。というよりも、穢れを治療するというのがまさかこのように魔力を用いて一瞬で終わるとは思っていませんでした。てっきり、新しい新薬などを用いて、一定期間薬を服用しなければならないと想定していましたので、お嬢様以外にも何名か患っている者を連れてきています」
「そうなんだ。じゃあ、その人らも治療する? でも、治療費はもらうからね」
「わかりました。報酬はブリリア魔導国の硬貨でお支払いすればよろしいでしょうか?」
「いや、それよりも欲しいものがあるんだ。連れてきた全員を治してあげるから、ブリリア魔導国の魔導迷宮で採れる魔石で支払ってもらえないかな?」
「魔石で、ですか? わかりました。手配いたします、が、手持ちにはありませんので取り寄せるために時間が必要になりますがよろしいでしょうか?」
「もちろんかまわないよ。そうだな。一人当たりこれくらいの魔導迷宮産の魔石で支払ってもらおうかな」
そう言ってセバスと交渉を始める。
実はちょっと前から赤黒い魔石がもう少し欲しいなと思っていたのだ。
あれは俺の血を使っていろいろと利用できる便利な魔石だ。
が、【魔石生成】で作れる魔石ではない。
精霊石のように特定の場所でしか手に入らないものなので、現状では俺が貴族院にいたときに自分で迷宮に入って手に入れた数だけしかなかったのだ。
赤黒い魔石に俺の血を与えることで、鮮血兵ノルンとして使うことができる。
以前までよりも魔力量も上がり、血を回収して増やすこともできているので、複数同時に鮮血兵を出すことができる。
それだけじゃない。
バルカ教会では儀式を行い、条件を破れば心臓に痛みが走るという制約を与えることができる。
これにも魔導迷宮で手に入れた赤黒い魔石が使われているのだ。
今後、バルカ教会の数は増えていくことだろう。
そのときに、儀式を行う法具を用意できないとちょっと困るからな。
あの魔石はあまり出回っていないので、オリエント国にいるときには手にする機会がなかったが、今ならば違う。
ブリリア魔導国の高位貴族たるヴァンデンブルグ家ならば、あの魔石も手に入れられるだろうと思っていた。
どうやらそれはあっていたようだ。
セバスのほうとしても、もっと面倒なことを言われる可能性を考えていたのかもしれない。
俺が魔石を取引材料にしたら、驚いた感じだったが抵抗感はさほどなかった。
双方にとって得な取引をし、その後も俺は何人かの治療を行うことにしたのだった。
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