伯爵家の令嬢
「お会いできて光栄です、アルフォンス・バルカ様。わたくし、ヴァンデンブルグ家に仕える執事のセバスと申します」
オリエント国の首都に何台もの馬車がやってきた。
しかも、それは商人たちが品物を積み込むような質素堅実なものではなく、きちんと屋根と壁とのぞき窓が備え付けられていて、その壁には紋章も描かれている。
明らかに高位の者が乗っていると分かる仕立ての馬車だ。
そんな馬車が数台あり、それを取り囲むように武装をした傭兵たちが常に周囲を警備している。
その物々しい集団は、けっして近くない距離を急いでここまでやってきたのだろう。
オリエント国につく前から、先触れが送られてきており、すでに御者や傭兵たちはこちらが用意した宿で体を休めている。
報告によると結構疲れが残っているみたいだ。
さすがに、ブリリア魔導国内だけにとどまらずに、いくつもの小国を経由して来るのは気を張ったのだろう。
しかし、そんな大急ぎの移動でこちらにやってきたにもかかわらず、さすがに大国の貴族たるヴァンデンブルグ家にて働く者はかくあるべしとでもいうように、シャキッとしている執事のセバスという男には風格があった。
多分、この人もどこかの貴族の出身なのだろう。
ごく自然な所作で話しかけてきているだけなのに、こちらが背筋を伸ばして対応しなければならないような雰囲気が出ていた。
俺と一緒にセバスに向き合っているほかの者たちは、いつになく緊張している。
「ようこそ。遠路はるばるご苦労だった。用意した宿は気に入ってもらえたかな?」
そのセバス相手に俺は強気に答える。
それを見て、セバスとともにいたヴァンデンブルグ家の連中がピクッと体を反応させた。
同時にオリエント国側の役人たちも顔を青ざめさせている。
セバス本人は表情一つ変えていない。
おそらく、周囲の雰囲気こそが正しいのだろう。
大国のなかの伯爵家。
それは、間違いなくオリエント国の軍部の頂点に位置する者よりも格上に当たるのだろう。
そういえば、俺がブリリア魔導国にいたときもそうだったな。
貴族院にいる学生は二種類に分けることができた。
伯爵家相当の力を持つ者か、それ以下か。
貴族院の学舎に長期間いて貴族同士の交流を深めているのは伯爵家以上の家柄の生徒が主で、それ以下の子爵や男爵、あるいは騎士爵の出身の生徒は魔導迷宮にいたのだ。
迷宮に籠ることで自身の魔力量を上げ、伯爵級の魔力量を持つことを目指していたからだ。
そういう意味でも、ブリリア魔導国の伯爵家たるヴァンデンブルグ家は高位貴族と言って間違いない。
そして、それは小国の貴族などとは比べ物にならない力と歴史があるのだ。
当然、そこに仕える者たちも伯爵家にいるという誇りがあり、それを無視して横柄に話しかけてきた俺には思うところもあるのだろう。
ただ、ここであまりにも丁寧に対応しようと下手に出すぎるのはよくない。
というのも、相手はヴァンデンブルグ家の当主でもなければ、その令嬢でもない。
ただの執事だ。
その執事相手に頭を下げるようなことがあれば、俺の立ち位置は双方から執事以下であると認識されることになる。
それは、ひいては今後のオリエント国の立ち位置にもつながる。
というわけで、【威圧】を叩きこんだ。
セバスとその後方にいる、俺のことを下に見るような目をした者たち相手に魔力の棘を差し込むようにする。
この【威圧】は呪文化していないにもかかわらず、俺の中では結構使う魔術だ。
そういえば、ブリリア魔導国の魔導迷宮の中でこれを開発したんだったな。
あそこに出る魔物の魔導兵相手に、一瞬でもいいから隙を作り出すという目的だったが、今では人間相手に使うばかりだ。
当初はいかに魔力を鋭く尖らせて相手に叩きこみ委縮させるかを追求してきた【威圧】だが、最近はちょっと変化が出てきている。
というのも、オリエント国内ではもっぱら俺よりも魔力量が多い者などいなくなっているからだ。
なので、そんな奴らに【威圧】を叩きこんでも毎回失神してしまって、後の処理が大変になるだけだった。
そのため、この【威圧】は交渉術のように使うようになったのだ。
ようするに、加減を覚えたというか、極めた感じだろうか。
相手の魔力量を勘案して、適度な魔力を突き刺すようにする。
すると、相手は失神したりはしないものの、息苦しさを感じるというか、緊迫感を感じるようになる。
今までの魔力の棘や槍のような形と違って、楔を打ち込むようなものだろうか。
それによって、相手は知らず知らずのうちに俺にたいして緊張感をもって対峙することになり、舐められることがなくなるというわけだ。
なんだかんだで、まだ子どもとみなされる俺の外見からは、【威圧】をこういうふうに使って話し合いをするほうがいい結果をもたらしやすかった。
「失礼いたしました。私の部下たちが礼儀を欠いたようで、謝罪いたします。ご無礼をお許しいただけないでしょうか」
だが、こういう相手にも慣れているのか、セバスがそう言った。
セバス自身も緊張感を感じているのだろうけれど、似たような存在と常に接しているのか今も表情を変えることなく泰然としている。
そのうえで、自分の後方にいる者たちの様子も、そちらを見ることなしに察知して、頭を下げてきた。
「許す。それで、エリザベスは無事なのかな? 俺のほうこそ、彼女が病に侵されていると聞いて、冷静さを失っていたようだ。気を付けるよ」
セバスの一言を聞いて、放出していた魔力の出力を一段階だけ下げる。
これで、緊張感はまだあるものの、さっきよりは呼吸しやすくなったことだろう。
セバスの後方からは浅い溜息のような呼吸が漏れ出ていた。
よかった。
婚姻相手の家からどんな人が来るか未知数だったが、この執事は話をしやすい相手と言えるだろう。
セバスらに連れられてやってきたエリザベスを心配していることを告げて、彼女についての話を開始したのだった。
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