ヴァンデンブルグ家の令嬢
「お相手はなんというお名前のお方なのですか?」
「エリザベスだね。ヴァンデンブルグ家は伯爵家だけど、そこの令嬢だよ。貴族院ではよくしてくれた相手だよ」
オリエント国の首都にある屋敷で、バナージとの会話が終わった。
それを見て、話しかけてきたのはシオンだ。
都市国家の近くにあるトラキアの森で影の者という刺客集団を率いている長の一人が、なぜだか俺の家に住み着いている。
興味津々で聞いてきたので、婚約相手について説明しておいた。
ヴァンデンブルグ家から俺のもとに嫁ぐことになるのは、貴族院でも知り合いだったエリザベスという女性だ。
エリザベスは俺よりも年上で、今は十七歳になるんじゃないだろうか?
普通はそのくらいの年齢になれば結婚しているか、あるいは婚約しているというのが当たり前だ。
が、どうやらまだのようだ。
「なにか理由がおありなのでしょうか? 伯爵令嬢ならばその家の当主が政略結婚として幼少期からお相手を決めているのが普通かと思いますが?」
「どうだろうね。バナージ殿は直接会ったわけではないけど、そこらへんの理由までは知らないみたいだ。ただ、一度も結婚せずに領地にいるのは確からしい。ブリリア魔導国の場合は王都にある貴族院に各地の貴族領から令息や令嬢が集まって勉学に励みつつ、婚姻相手を探すっていうこともあるんだけどね。俺が貴族院を出た後になにかあったのかもしれないな」
「占ってみましょうか?」
「占う? そんなことも分かったりするのか、シオン?」
「さあ、どうでしょうか。未婚の理由が分かるかどうかはなんとも言えませんが、アルフォンス様のご結婚がうまくいくかどうかを占うことはできますよ。やってみますか?」
「そうだな。うーん。いや、やめとこうか。よくない占いが出ても婚約破棄にはできないしね。未来が分からないほうがいいこともあるんじゃないかな?」
「ふふ。そうかもしれません。出過ぎた真似をしました。お許しください」
さすがに占いの結果で決めたばかりの婚約を破棄するわけにはいかないだろう。
バナージにも相手のヴァンデンブルグ家にも満足な説明はできないだろうし。
もしそんなことをすれば、恨まれそうだ。
が、気になるのはたしかだ。
エリザベスは当時、人気のある女の子だったように思う。
俺がエリザベスと話しているとクレマンという年上の男子生徒から睨まれたしな。
あいつはエリザベスに執着していそうな感じがしていたけど、どうなったんだろう?
それでなくても、魔力量も多かったエリザベスはあのまま成長していれば引く手あまたの状態になるはずだしな。
それが、オリエント国にいる俺のもとにくることになるのは、それなりの理由がありそうだ。
いくら動力鉄板船のことがきっかけになっていたとしても、それだけで嫁に出すのは考えにくい。
魔力量の高い貴族の子女は、家を存続させ、さらなる繁栄のためにも大切な宝だからだ。
なにか理由があるのであれば、調べておいてもいいだろう。
「セシリーに手紙でも出してみるか」
エリザベスのことを思い出して、その隣によくいた別の女子生徒のセシリーのことも頭に浮かんだ。
たしかセシリーもエリザベスと同じ伯爵家の娘だったはずだ。
そして、歳も一つ違いで仲が良かった。
エリザベスのことをなにか知っているかもしれない。
そう思い、俺は久々にセシリーへと手紙をしたためたのだった。
※ ※ ※
「なるほど。そういうことか。どおりで俺との結婚を決めたわけだ」
「それは、ブリリア魔導国からのお返事の手紙ですね? この前に言っていたセシリー様からですか?」
「そうだよ、シオン。やっぱり、セシリーはエリザベスと今でも交流を持っていたみたいだ。で、なんでエリザベスが結婚していないのかも知っていた。おおっぴらにはできないけど、俺とエリザベスの婚約が決まりそうだってことを知ったみたいで、それならってことで教えてくれたよ」
セシリーに出した手紙は思いのほか早く帰ってきた。
その手紙を受け取った俺はすぐに内容を確認した。
それによって、エリザベスの置かれている現状がよく理解できた。
エリザベスは貴族院を優秀な成績で卒業し、年齢を重ねるほどにさらに人気が高まっていたらしい。
だが、そのかげで問題も抱えていたのだとか。
それは肉体的な問題、つまりは病気だ。
どうやら、重い病にかかってしまったのだそうだ。
その病気は命にかかわる病気であり、そして治す手段がブリリア魔導国という大国にもなかった。
しかし、ヴァンデンブルグ家も簡単には諦めない。
自らの娘が徐々に弱っていくのを見て、放っておくことができなかったのだろう。
貴族院を卒業後は、エリザベスはヴァンデンブルグ領に帰り、療養することとなった。
そのために、これまでは外部に出す結婚の話は全て家のほうで断っていたのだという。
けれど、そんな療養生活でもエリザベスの体が回復に向かうことはなかった。
「ご病気ですか? まさか、ここにきてヴァンデンブルグ家は余命短いご息女を家のために使おうと考えたのでしょうか?」
「いや、どうもそうじゃないみたいだね。むしろ、娘の病気を治すためにってことみたいだよ」
「治すために、ですか?」
「ああ。こう見えて、俺も最近は結構名が広まっているからね。その中には、どんな怪我も治せる【奇跡の子】なんてものもある。それに、俺はあの不治の病を治したって話も向こうに伝わっているみたいだ」
「……もしかして、エリザベス様のご病気は心臓の病なのですか? アルフォンス様がソーマ教国の化粧品について病毒性を指摘された、例の病だとか?」
「みたいだね。どうも、エリザベスは昔からソーマ教国製の化粧品を使っていたみたいだ。海に面した土地を持っているヴァンデンブルグ家だからか、ソーマ教国からの品も流れてきていたんだろうね。オリエント国ではあの化粧品は危険だからって流通禁止にしたけど、ブリリア魔導国ではそうじゃなかったみたいで、対策が遅れたみたいだな。というか、今でもあの病気と化粧品の因果関係があるのかどうかを議論している段階みたいだね」
ガリウスの娘のマーロンも患っていた心の臓の病気。
ただ、化粧品を使ったらすぐに症状が出るというものではなく、何年も長期間にわたって使うことで影響が出るというのがあの呪いの特徴だ。
そのためか、ブリリア魔導国ではまだまだ未知の病気であり、不治の病であると認識されている。
それは、長年療養生活をさせていたヴァンデンブルグ家も同じだったようだ。
だが、偶然俺の話を聞き、動力鉄板船のことを知り、さらに詳しく知るために情報を集めたことで、俺が不治の病を治したという情報を手に入れたらしい。
そして、そのほかにも俺は【回復】を使って、他では見られない欠損治療もできる【奇跡の子】などとも呼ばれていると知ったのだろう。
ということは、向こうからするとただの政略結婚というよりは、娘の命を救うための話でもあるわけか。
けど、実際に見てみないと本当にあのソーマ教国の呪いが原因かどうかは、セシリーの手紙からだけでは分からないな。
一度、会っておいたほうがいいかもしれない。
セシリーに感謝の手紙を送ると同時に、俺はエリザベスにも会うことができないかどうかと書いた手紙を出すことにしたのだった。
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