伯爵家
『それはそうと、アルフォンス殿に伝えなければならない重要な報告があるのでござるよ』
「……いや、普通に分かるよ。婚約のことでしょ?」
『さすがでござるな。拙者が言いたいことがすでに分かっていたということでござるな』
「いやいや、分からんわけないでしょ。その話が出てから、もう結構時間が過ぎているからね? むしろ、ようやく話が進むのかって感じなんだけど」
一通り、俺がオリエント国周辺での出来事について話を終えたのを見計らってか、バナージが話を変えてきた。
重要な報告とやらがあるらしい。
が、その内容なんてのは分かりきっている。
ようやく、ブリリア魔導国にいるバナージが俺の婚約話をまとめたのだろう。
わざわざもったいぶって話すほどの意外性というのはないと思う。
まあ、むこうはむこうで大変だったんだろうとは思うけど。
『本当に大変だったのでござるよ。拙者としてはやはりアルフォンス殿にはより良い女性との婚姻を結んでほしいと思っているのでござるよ。けれど、やはりオリエント国のような小国が相手ということで、話がまとまりそうでまとまりにくかったのでござる』
「ま、そうだろうね。ブリリア魔導国側としては派閥争いの一要素として、話がまとまればなにかに使えるかも程度にしか思っていないだろうし。そういう意味では格の高い貴族家の女性がこっちに嫁ぐような必要ってないもんね」
『そうなのでござる。最初の話と違って騎士家や高くても男爵家程度の令嬢しか出さないような雰囲気もあったのでござるよ。さすがにそれはシャルル殿下も意見してくれたのでござるが、逆にそれによって話が進みにくくなることにもなったのでござる』
「ふーん。派閥の頭に置かれているってわりには、シャルル様も結構大変そうみたいだね。けど、今になって話がまとまりそうだってことは、ブリリア魔導国でなにか動きがあったってことかな?」
魔導通信器を通してバナージと話を続ける。
王位継承権を持つシャルル様は、さらに上位の王位継承権を持つ王子との間で競争が起きているという話だった。
が、それは王子たち自身が望んだことではなくて、それぞれの王子を推す派閥の貴族が動いているからという話でもあった。
バナージから聞く限りでは、どうも王子様たちよりもまわりの貴族のほうが発言権があるのかもしれないな。
ただの神輿にはならないとは思うけれど、なかなかどうしてシャルル様も大変そうだなと思ってしまう。
『なにかあったというよりも、ようやく事態を重く見たという感じでござるな』
「どういうこと?」
『アルフォンス殿もすでに知っていると思うでござるが、ブリリア魔導国は正式にアトモス地方を魔物から奪還困難であると判断したのでござるよ。例の超大型の土喰という魔物が想定以上に厄介で結局かの地を放棄したのでござる』
「へー。あれって年明けくらいの話だったけど、もう秋口だよ? ようやく、そういう結論になったんだ?」
『これでもかなり早いほうでござるがな。アルフォンス殿やアイ殿のように遠隔地での情報をすぐに手に入れるのはブリリア魔導国と言えども難しいのでござるよ。ともかく、この決定によってブリリア魔導国はこれ以上の精霊石を手に入れる手段が無くなったのでござる』
まあ、魔導通信器はヴァルキリーの角を使って作っているから、いくら魔法陣技術の先駆者であるブリリア魔導国でも同じものは作れないだろうしね。
魔導通信器がない以上、情報の伝達は人を介したものでしかできない。
本国とは飛び地になっているアトモスの里のことは、現地にいた駐留軍が全滅していたはずだし、きっとしばらくは調査なんかで忙しかったんだろう。
そういうことを考えると、逆にあの地を放棄するという決断は早いくらいかもしれないな。
だが、アトモスの里を手放すという決断と俺の結婚が関係あるのだろうか?
派閥争いには直接的にはかかわってこなさそうなものだけど。
しかし、どうやらそうではなかったらしい。
『船を作ったのでござろう? オリエント国で川をさかのぼって移動できる魔導船ができたという話が知られ始めているのでござるよ』
「ああ、動力鉄板船のことか。あれって、もうそっちにまで知られているんだ? まだ、グルー川中心にしか運用していないんだけどな」
『商人が動いているでござるからな。ここ最近、オリエント国から頻繁に速度の出る変わった船が動き回って、各国に物資を運んでいるとあちこちの商人が言っているのを拙者も耳にするのでござるよ。それに反応した貴族家がいるのでござる』
「ってことは、俺との婚姻は動力鉄板船が狙いってことになるのか。つまり、船を使いたい貴族ってことかな?」
『正解でござる。ブリリア魔導国の中でも領地が海に面している貴族家があるのでござるよ。そこが、魔導船に強い興味を示しているのでござる。で、拙者としてはその貴族家とアルフォンス殿の婚約話をまとめるのはありだと考えているのでござるよ。距離的には離れているでござるが、そのヴァンデンブルグ家の令嬢との婚約を進めてもよいでござるか?』
「ヴァンデンブルグ家か。たしか伯爵家じゃなかったっけ?」
『そのとおりでござる。伯爵家の中ではかなり経済力のある領地を持っているでござるよ。なにせ、塩がとれるゆえ』
塩か。
たしかにそれは重要だ。
小国家群は塩が手に入りにくいので、結構高価な品として扱われている。
アルス兄さんの【塩田作成】の魔法が使えればよかったんだけど、あれは東方では使えないしな。
それが手に入りやすくなるというのであれば、確かにおいしい話だ。
バナージの話を聞いて、しっかりと実利もあるようだし、俺はそのヴァンデンブルグ家との婚姻を受けることにしたのだった。
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