バルカ教信者にあらずば人にあらず
『しかし、そうなるともうあまり自分たちからバルカ教へと改宗すると言い出す独自勢力の人間というのはいなくなるのではないではござらんか?』
バルカ教へと改宗した者たちの顛末について、バナージに説明したところ、こんなことを言ってきた。
たしかにそれもバナージの言うとおりだろう。
誰だって、一度手に入れたものを手放すのは惜しい。
自分が街を支配するに至ったにもかかわらず、それを自分の手で放棄できる者などそうはいない。
今あるお金だけを確保しての亡命のようなことをする者もいるのだが、そうではない者も確かにいるのだ。
「まあ、けどそういう連中も遅かれ早かれ排除されるよ。その街の住人たちの手によってね」
『住人たちの? なるほど。そういうことでござるか。まあ、考えてみれば納得でござるな。その街に住む者たちからすれば支配している存在が独自勢力か否かよりも、自分たちがいかに生活できるかのほうが重要でござるからな』
「そういうこと。街に住む住人が独自勢力なんてものを認めているのは、あくまでもそいつらが自分たちの身を護る存在になりえるからだ。けど、街全体がバルカ教の信者として儀式を受ければ、街の中は安全になる。なんなら、かつての国がふたたび土地を治めてくれるってんなら、普通に受け入れるよ。力による支配者を突き出したとしてもね」
メルビーの街を占拠していたビングといった者たちがバルカ教に改宗し、その結果として抵抗力を失い、元の国に取り込まれてしまった。
その話は、話を聞く者の立場によって受ける印象が異なる。
ビングのような独自勢力となっている存在にとっては、詐欺にあったような話として受け止めるかもしれない。
自分たちの安全のために行ったことで、失脚してしまうことになるのだから。
というか、街中では人に害をなす行為もできないということもあり、無抵抗で取り押さえられてしまいかねない。
そうなれば、その国の法で裁かれて、たいていの場合は死罪になる可能性も高い。
そんな未来が待っているならば、自分からは改宗しようと思わなくなっても不思議ではない。
が、それは独自勢力の立場であるからそういうふうに考える。
けれど、街に住む人間はそうではないだろう。
ある日、突然魔法を使って街を壁で囲んだ連中が、自分たちこそがこの街の支配者であると言い出して、街をわが物としたのだ。
その結果、街の中での生活はたいていの場合、悪くなっている。
自分たちはこの街を守っているのだ、と言いながら、だからそのための報酬がいるなどと言って金を持っていくのだ。
お金だけではないかもしれない。
貴重な物も人手も、あるいは尊厳さえも奪っていくだろう。
独自勢力として支配する荒くれ者による被害にあったその街の住人というのは、相当いるはずだ。
それでも、その街ではそいつらを支持する者も出てくる。
あえて支持することで、自分たちだけでも守ってもらおうと考えるのだ。
また、ほかの街から襲ってくるような暴徒がいれば、そいつらが撃退してくれるというのもある。
そのおかげで、街は危うい状態でありながらも、一応は機能していた。
国からの支配などと言えば聞こえはいいが、基本的にはそんな不安定な状況に住人たちは追い込まれていたのだ。
そこに、今回の話が聞こえてくる。
街にバルカ教会ができて信者が増えれば、街全体が変わる、と。
儀式により治安は格段によくなるし、力で占拠していた者たちを追い出せるかもしれない。
そう考えた住人たちがすることは、占拠する不届き者を追い出すことだった。
自分たちの手でそいつらを排除し、あるいは取り押さえて改宗させる。
そうして、元の国に戻ることで、今までと同じか、あるいはもっと平穏な生活へと戻ることができる。
バルカ教への改宗に拒否感を示した独自勢力がいる街は、そんなふうに住人たちの手で改宗させられるということも起き始めていた。
それぞれの小国の立場からも、それは歓迎すべきことでもあった。
自分たちの力を使わずに一度は手を離れた土地を取り戻すことができるのだから。
そして、住人たちに見放された独自勢力の人間はというと、いろいろだ。
抵抗して暴れるか、死罪になるか、あるいはオリエント国に来るか、元の国で兵や傭兵になるかだ。
『しかし、それではバルカ教会の負担が大きすぎる気もするのでござるよ。話を聞く限り、かなりいろいろな土地に儀式の法具を持っていき、信者として認めて儀式を執り行うのでござろう? 街によっては数万人以上いるところもあるでござるから、大変すぎるのではないでござるか?』
「大変だよ。けど、そのおかげで面白いことが起こっているんだ。人々の意識が変わってきている気がするんだよね」
『意識が? どういうことでござるか、アルフォンス殿?』
「考えてもみろよ。街の人間の大多数がバルカ教に入信して儀式を受けたらどうなると思う? 悪さはできないから、治安はよくなるんだ。けど、逆に言うとその街では信者は悪いことはできないけれど、儀式を受けていない信者ではない者は人も殺せるし、物も盗める。どんな犯罪でもやろうと思えばできるんだよ」
『……それは危険でござるな。いや、そうとも言えないのでござるか。逆に言うと、犯罪を犯した者はバルカ教の信者ではない可能性が高い。そんなふうに考えることもできるでござるな』
「そういうこと。ちょっとずつだけど、各地の街でそういう雰囲気が出てき始めているんだよね。バルカ教の信者にあらずば人にあらず、みたいな感じ? おかげで、新興宗教であるはずのバルカ教の印象はいろんな小国でいい感じに受け止められているんだよ。ってわけで、今は無理してでも信者獲得に精を出しているってわけだね」
『なるほどでござる。そういう人の心の動きは重要でござるからな。今を逃すと次はないかもしれないでござる。今のうちにできるだけバルカ教会の影響力を拡大することこそが重要というわけでござるな』
「そのとおり。ってことで、こっちはしばらく戦はできなさそうだよ。あちこちに教会を建てに行ったり、儀式をしに行ったり、腕輪を作ったりで忙しいからね」
別にこうなることを予想していたわけではなかった。
少なくとも、グルーガリア国のヘイル・ミディアムからの手紙を受け取ってバルカ傭兵団を派遣することに決めた時にはこうなるとは考えもしていなかった。
だが、傭兵派遣は思わぬ効果を生み出してくれた。
今はかき入れ時だ。
この機を逃す手はない。
バルカ教会を中心に、オリエント国の人手も使って最大限の布教活動に取り組むという忙しすぎる毎日を過ごすこととなったのだった。
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