とある統括者の視点
「奴らの動向は?」
「それが……、遠方から見張らせていた兵が倒されました。状況がつかめていません」
「なに? それなりに見張りにも人数を用意していたのではないのか?」
「そのとおりです。しかし、奴らの中から一人が見張りのもとへと近づいてきて、兵たち全員を倒してしまったのです」
「……全員をか。やはり、相当な実力を持っているということだけは確かだな」
かつて、蛮族の巨人たちが住み着いていたこの辺境の地。
そこに派遣された統括者たる俺のもとに、盗掘の許可を願い出てきた者がいた。
ここと同じく辺境の地にありながらも、最近米の収穫量が増えているバリアントからだった。
事前にこちらの手の者と接触しての届け出であり、それなりに金の工面もするとのことだ。
ここで精霊石を手に入れたいと考えてのことだろうが、ご苦労なことだ。
どうせ見つかっても小石一つ分くらいで、なにかに使えるほどでもないだろうにな。
今までにも何度かそんな間抜けなことで金を出してきた者がいたので、俺は今回も見て見ぬふりをして懐を温かくすることにした。
実際にそいつらに会うまではそう思っていた。
だが、そこで現れた奴が問題だった。
わずか数人の、十人もいない調査団だという。
本人はグレルモン国で地質の調査をしているケイモンだと名乗っているが、それが偽名であることは明らかだった。
というか、嘘を見抜かれていること前提で動いているのだろう。
なぜなら、そこにいたのは天空王国の王であるアルスという人物だったからだ。
俺も一度、この地の統括に着任した時に、バリアントにまで足を運んだことがある。
あそこには神殿があり、そこには不思議な像があった。
周囲の寒さを軽減するという効果があり、霊峰の麓に位置し真冬には極寒の地獄になるであろうかの地が春のうららかさを感じる程度の気温に落ち着いてしまう。
そして、その像は少年と魔獣の姿が表現されていたのだ。
かつて、ブリリア魔導国の王家から第三王女シャーロット様が嫁いでいったという霊峰の向こうにある異国の地。
そして、その地では天空王国というものがあるらしい。
御伽噺のような話だが、嘘ではないのだろう。
あのシャルル殿下はその天空王国の王と取引に成功し、数々の魔法鞄や魔剣などを手にしていたのだから。
それになにより、バリアントには空に浮かぶ城が宙に浮かんでいる。
その天空王国の王たるアルスの像と、今俺の目の前にいるケイモンと名乗る少年の姿は瓜二つだった。
しかも、あの像と同じ姿をした角だけがない魔物にも跨っている。
……なぜ偽名でここに現れたのだ?
相手の意図が掴めない。
考えられるとすれば、天空王国の鎖国体制が理由なのかもしれない。
以前まではバリアントの地上の街での取引でも、霊峰の向こうからの品が手に入れられた。
だが、この俺が着任する前に天空王国は鎖国という外交遮断政策をとることになったようだ。
おかげで、ここに赴任しても本国ですら珍しがる一品というのはもはや手に入れられるものではなく、うまみの少ない仕事になってしまったのだから口惜しい。
しかし、その外交を途絶する国の政策と今の天空王の行動は明らかに矛盾する。
もしかすると、極秘行動中なのかもしれんな。
自国では表向き他国との関係を切ったといった手前動きにくいが、なんらかの理由がありこちらに来る必要があり偽名を名乗った。
そう考えるのが自然だろう。
そして、このアトモス領に来る理由など一つだけだ。
精霊石。
魔装兵器の製造を実現した、この地でしか得られない魔石くらいしか、この不毛な土地に魅力はないはずだ。
だが、少し調べれば外交関係が無くなった天空王でも現状が分かるはず。
もはや、ここでは採れるだけの精霊石を採りつくしてしまい、まとまった量を手に入れる術はない。
にもかかわらず、ここにお忍びできたということは、なにかあるのか?
たとえば、精霊石のありかを調べる方法に見当がついた、とか?
そう考えたからこそ、奴らの動向を見張ることにした。
本来ならば、盗掘許可を与えた時点で放置するはずだったがそうもいかなくなってしまった。
もっとも、あまり刺激はしないほうがいいと考えて、移動の痕跡などを追跡する程度で、視界内に直接入らないようにはさせていたのだが。
だが、どうやら、正解だったようだ。
天空王たちは迷いなく、とある地点を目指して移動していたからだ。
やはり、すでに何らかの手段で精霊石のある場所を特定していたに違いない。
俺と会った後すぐに移動した先で天幕を張り、採掘準備を始めた。
そして、周囲の警戒も行っているという。
かなり距離をとって相手の情報を探っていたこちらの兵が倒されたことから考えても、そこになにかあるのは明らかだろう。
「なに? 帰った? すまないがもう一度報告をしてくれ」
「はっ。例の調査団ですが当初よりとどまり続けていた地点からの移動を開始しました。そして、その進行方向はバリアントへ向けてであり、進行速度も白の獣に騎乗して速いものであります。これ以上の追跡は困難ですが、帰ったのは間違いないと思われます」
「どういうことだ? こちらが出した採掘許可の期日まではまだ時間がある。それに採掘にするにしても時間がなさすぎると思うが?」
「はい。可能性があるとすれば、土喰の襲撃がきっかけではないかと思います。どうも、奴らも土喰に襲われた模様でしたので」
「ふむ。しかし、こちらの見張りを一人で倒しきる相手がそれだけで怖気づくとも思わないが……。わかった。報告ご苦労」
あるいは、もう目的を達成したということか?
精霊石の採掘が理由ではなかったか。
たとえばだが、あそこになにか保管していた、とかだろうか?
わからんな。
しかたがない。
俺自らが現場に行って調べることにしよう。
もしも天空王の行動からなにかを掴むことができれば、この俺にも新たに報酬が得られる可能性もある。
あるいは、もっとよい領地を所望するのもいいかもしれない。
こんな何もない土地の統括で一生を終えるのはごめんだからな。
こうして、俺は雪の降りやんだ日を見計らって、天空王が天幕を張っていた地点へと赴くことにしたのだった。
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