土喰
「なにか来る。ラッセン殿は下がっていてください」
「わ、わかりました」
地下千メートル以上もある縦穴にノルンが落ちていった。
そんな高さを落下しても大丈夫かと若干不安に思う。
俺と同じようにラッセンも穴をのぞき込んでいた、まさにそのときだ。
地面に振動を感じた。
慌てて剣を抜き、ラッセンを背後に下がらせて構えをとる。
すると、それを見計らったわけではないだろうが、突然壁から魔物が出現した。
大きい。
ありえないほどに大きな体を持つ魔物だった。
それがアトモスの里の大渓谷の壁から現れてこちらを襲ってくる。
「壁を作ってラッセン殿を護れ」
「了解です」
その怪物にたいして俺が前に出ながら指示を出す。
すぐに俺とともにいた兵たちが、【アトモスの壁】を唱えて高さ五十メートルの壁を出現させた。
だが、こいつ相手にはこれでも不安がある。
俺は手にした九尾剣に魔力を送りこみ、炎の剣を出しながら相手へと向かっていく。
でかい。
目の前にいるのは、アトモスの里固有の魔物だ。
東方では基本的には魔物をほとんど狩りつくしている。
が、それはあくまでも人の住む生存圏内の話だそうだ。
そして、霊峰の麓にあるバリアントや、アトモスの里のような場所は蛮族が住むところであり、人間の領域ではないとも言われていた。
つまり、この地は魔物が存在する場所でもあった。
大渓谷の地面や壁を掘りながら移動するというその魔物の名は【土喰】というらしい。
細長い厚みのある胴体がグネグネと動きながら、地面の上でも動けるようだ。
そして、その細長い体の一番前には大きく丸い口がある。
その口が開き、中にはギザギザに尖った歯が円形に並んでいるのが見える。
この土喰とかいう魔物はミミズの仲間なのかもしれない。
ただ、口がついていて、そして体の大きさが比べ物にならないほどでかいという決定的な違いがあるだけだ。
こいつは巨人化したアトモスの戦士すら、その巨体に巻きついて相手を絞め殺す力もあるらしい。
しかも、体の中には強力な消化液があるようで、土の中で土を食べながらも移動できるのだとか。
ひとたびそいつに食われたら、きっとズクズクに体を溶かされてしまうのだろう。
九尾剣を作れていてよかった。
魔剣でも攻撃できるだろうけれど、土喰の体を切ったときに消化液が傷口から出てきたら困るからな。
血でできた魔剣ももしかしたら消化されてしまうかもしれないし、飛び散った液で負傷するかもしれないし。
それに対して、九尾剣ならそうはならない。
剣に込めた魔力によって長さのある炎の剣を出しての攻撃だ。
それは消化液では溶かされたりはしないし、傷口を焼き切ることで、あまり体液を飛び散らせない。
「ヤッ」
土喰の体の動きをよく観察し、相手の突進を避けざまに炎の剣で攻撃した。
俺の後方に作られた【アトモスの壁】に土喰が激突しながら、その胴体に傷を与える。
体にジュっという音をたてて嫌なにおいが鼻につく。
だが、浅い。
すぐに、その場を飛びずさるようにして、距離をとった。
全長も長いのだが、胴体周りの周径ですらけた違いに大きいからな。
傷を与えたといってもあまり深くまでは届いていないようだ。
だが、その後も繰り返される突進を避けつつ、何度か九尾剣による攻撃を与えると土喰は引いていった。
体のあちこちに火傷跡を残しながらも、地面の土を食べながら地下へと潜っていったのだ。
「ふう。なんとか撃退できたな。とんでもない魔物もいたもんだ」
「本当ですね。助かりましたよ、バルカ殿。きっと、ブリリア魔導国が採掘をあきらめている理由も今の土喰の影響があるのかもしれませんね」
「ああ、それはあるかもしれませんね。坑道を掘っていてあんなのに出会ったらひとたまりもないですし」
ラッセンの言うとおりだろう。
あんな魔物がいる土地で人が暮らすものじゃないと思う。
特に、地面や壁から飛び出してくるというのが厄介だ。
これじゃ、おちおち寝てもいられないのではないだろうか。
だが、イアン曰く、あれはあれでいてくれると助かるのだそうだ。
なんといっても、体が超巨大だからな。
どうやら、動きはミミズっぽかったが、倒すと食料としてその肉を食べることができるのだそうだ。
かつては、アトモスの里では出現した土喰をアトモスの戦士たちが叩き殺して食べ物へと変えていたらしい。
どうも打撃であれば、消化液が飛び出すこともなく、多少は倒しやすいのだとか。
そんなことができるのは巨人化できるアトモスの戦士くらいだろうけどな。
けど、それでこの地にブリリア魔導国の王族が派遣されたことがあったというのも理解できた。
あんな魔物は普通の人間には対処できないだろう。
第三王女であるシャルロット様のような人がいるからこそ、この地に兵を集めることができたのだと感じた。
まあ、今はきっと魔装兵器を使って対処しているんだろうけれど。
それにしても、なかなか恐ろしいところだな。
こんな魔物がいるところにアトモスの戦士は住んでいたのかと驚く。
少なくとも、ここにきて数日で俺の中では住みたい場所ではなくなっていた。
また次いつ、土喰が現れるかわからないので、早くノルンが精霊石を回収してくることを期待しながら、警戒を続けることになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





