ラッセンの獄炎釜
「穴の大きさは百メートルくらいかな? まだ燃えているみたいですね」
「そうですね。十日が経過しても燃え続けているとは思いませんでした」
「さすが、小国家群すべてを大不況に叩き落としたラッセン殿はやることが違いますね。聞きましたか? あの噴火を見た連中が言っていましたよ。【ラッセンの獄炎釜】って名前を付けたみたいです」
「や、やめてくださいよ。何なんですか、それは。というか、知っていますよ。それを広めているのってバルカ殿でしょう? なんでそんな物騒な名称をわざわざ言いふらすんですか」
「いいじゃないですか。かっこいいし、それだけのことをしたってことですよ。ラッセン殿は」
地中の油を回収しようと穴を掘った。
それだけで、地面には大穴が開き、噴火が落ち着いても火が消えない状態が続いている。
というか、あれは本当にいつ消えるんだろうか?
何日か前には雨も降ったというのに、それでも消えないんだけど。
しばらく、消えない炎を見続けているのは暇だったので、ちょっとラッセンと冗談なんかを言い合うくらいには仲良くなっている。
この大地に開いた大穴は【ラッセンの獄炎釜】などというたいそうな名前がついたりした。
ちなみに、最初に言い出したのは本当にあの噴火を見ていた工事現場の人間だ。
俺の声が聞こえる範囲にいたらしく、俺が何度もラッセンと呼ぶ声を耳にしていたのだ。
そして、その名前には当然聞き覚えがあった。
なにせ、そいつは仕事を求めてこの工事に参加するくらいには、あの【ラッセンの大暴落】による影響を受けていたのだから。
自分たちのこれまでの生活をがらりと変えた大不況の原因であるラッセンと同じ名前。
しかも、それはその辺のただの通行人などではなく、オリエント国の国防長官と議長と一緒にいる人物なのだ。
赤の他人ではないとそいつは察した。
そんな超有名人のラッセン氏が今度はこのオリエント国でいったい何をするのかと気になって、興味本位で残ってみていたら、例の惨事に巻き込まれたわけだ。
ラッセンが地面に手を当てて何かを始めたら、突如自分の足元から下がぐらぐらと揺れ、そして火柱が上がり、岩が降り注いできたのだ。
命の危険を感じて震えながらもなんとか無事に生き延びた後に見せられたのは、雨が降ろうとも消えない炎の大穴だった。
これは、ラッセンという男によって地獄の蓋が開けられたのだ、とそいつは言ったのだとか。
そこからは、話が早かった。
そいつが語った地獄の蓋というのはいつしか、獄炎釜、などという名前に変化した。
そして、それにあわせてなぜそうなったのかの話まで出来上がった。
ラッセンは大不況の原因をオリエント国の議長と国防長官に問い詰められ、自分の力を見せつけるために大魔法を発動したのだ、と。
さすがにそれはちょっと話が変わりすぎじゃないだろうかと思った。
というか、なぜか、その話はラッセンが俺に追いかけられてここまで逃げてきて大魔法を放ったことにもなっていたりしたからな。
現場を見ていたら俺と仲良く話している姿も知っているはずなのに、人は話に尾ひれをつけたがるものなのかもしれない。
そんなふうに、ラッセンは大魔法の使い手になったというわけだ。
で、そういう話が俺の耳にまで入ってきたことで、俺がそれに乗っかったというわけだ。
正式に、この地に開いた大穴を【ラッセンの獄炎釜】と名付けたわけだ。
ラッセン一人だけ抗議の声をあげているが、ほかには誰も反対していない。
なので、これはもう決定事項になっていた。
「で? なんでこの【ラッセンの獄炎釜】の周りは毒で満たされているんだ、アイ?」
「おそらくは、あの穴そのものが原因ではないかと思います。穴の内部から毒が出てきているのか、あるいは延焼することで毒が発生しているのかは分かりません」
「まあ、そうだろうね。獄炎釜が原因なのは俺でも分かる。それで、問題はその影響範囲か。どの程度の距離まで毒が影響するかだよね」
「幸い周囲には人が住む集落はありません。ここには近寄らないように周知をするほかないかと思います」
この【ラッセンの獄炎釜】に名前を付けたのは、放置できない問題が発生したからでもあった。
それは、毒だ。
噴火した当初は気が付かなかったのだが、この獄炎釜からは毒が発生していたのだ。
最初に気が付いたのは俺だ。
俺は訓練によって毒に対する耐性がある。
【毒無効化】の魔法を使わなくとも、体が毒に犯された場合、ほぼ反射的に肉体が魔力を用いて毒を無効にしてくれる。
そのため、自身の魔力の流れから毒が体内に入ったことが分かるのだ。
獄炎釜に近づいた際に、魔力が防衛反応を示したことから空気中に毒があることが分かった。
すぐに、ほかの連中にも【毒無効化】の魔法を使わせたので、今のところ大きな影響は出ていない。
が、魔法を使うのが遅れた奴らは何人かいたようだ。
空気を吸っていただけで死にかけていたので俺が【回復】して助かったが、そんな毒がいつでもまき散らされている状況では周囲に住むことなんてできないだろう。
なんか、油をとろうとしただけでとんでもないことになったな。
ラッセン弄りをやめて、改めて大穴を見つめる。
とりあえず穴に人が入らないように周囲を壁で囲ってしまおうか。
まあ、炎と毒がある以上、誰もすきこのんであんなところに近づかないかもしれないけれど。
そう思っていると、穴の中心に動く影が見えた。
そこから人の姿をした影が這い上がって、こちらへと向かってきたのだった。
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