ハンナの指摘
「ハンナ、教会の今の状況を教えてくれ」
「バルカ教会のですね? 今地図を持ってきます。えっと、基本的にはオリエント国内がほとんどで、あとはそのほかの小国に少しだけ出しているという感じですね」
「そんなもんか。ってか、ほかの国にあるバルカ教会って大丈夫なのかな? なにか嫌がらせみたいなこととかはされていないよな?」
スーラの葬儀が終わってしばらくしてからのことだ。
改めて、ハンナにバルカ教会の現状について確かめた。
俺が思った以上にスーラが聖人に認定されたことを聞きつけて人が来ていたのでハンナも忙しそうだったが嫌な顔一つせずに、すぐに地図を持ってきて教えてくれる。
それによると、やはり教会があるのはオリエント国がほとんどのようだ。
「嫌がらせのような行為はありませんよ。小国家群っていろいろな信条の人がいるので、新しい教会ができても拒否反応みたいなものってあまりないですから。ああ、あそこに新しい教会ができたんだ〜、って感じでみられることがほとんどです」
「へえ。そうなんだな。俺が生まれた国では教会って言ったら一種類しかなかったから、それ以外の教会が存在していることって普通ないんだよ。もしあったら、異端ななにかだって白い目で見られているかもしれない」
「そうなんですか? 考え方なんて人それぞれで、信仰もみんな違っても別にいいと思いますけど」
「小国家群ではそういう感じってこと?」
「ええっと、どうなんでしょう。少なくとも私はそう思います。けど、私も貧民街の出身なので、オリエント国やそのほかの都市内出身者の方はどう思うかわからないですけど……」
なるほど。
まあ、そりゃそうか。
身分や出身が違えば、感じ方も考え方も違うことはあるだろうしな。
ただ、貧民街出身のハンナがこういう考え方だってことは、都市以外の農村だったりではそういう考え方が多いのかもしれない。
誰が何をどう感じようとも否定しない。
自分が信じることはあっても、それ以外の考え方も許容できるということなんだろう。
だからこそ、新しい宗教であるバルカ教会ができても受け入れられる。
ほかの国でもそれは似たような感じなのかもしれない。
「けど、ちょっと問題もあると言えばありますよ」
「問題? なに? 教会運営とか布教面でってこと?」
「はい。バルカ教会が作った腕輪で決算できるエンのことについてです。オリエント国に住む住人にたいしては基本的にみんなにいきわたるように腕輪を送っているんですけど、ほかの国ではそれが追い付いていないんです。なので、早く腕輪がほしいって求められているんですよ」
「腕輪か。でも、オリエント国の住人以外でエンを使う人っていえば、各地を移動する商人とかがおおいんじゃないのか? そういう連中ってオリエント国に立ち寄ったときに教会で腕輪を手に入れているものだと思ったけど……」
「はい。そういう人もいます。そして、そういうオリエント国で腕輪を手に入れたのをほかの国で見た人が欲しがるというのが多いのだと思います。便利なエンを使って取引したいって人が多いんじゃないでしょうか」
ま、そうだろうな。
ほかの国は硬貨不足で大変だけど、オリエント国は不況の影響はあれども一応経済が動いているし。
まともに買い物もできない状況だと、エンを使って取引している話を聞いたら自分もしたいと思うだろう。
それが、自分の足でオリエント国に来るような人以外でもそう考えるようになったということだろう。
今年の秋から硬貨不足の不況が始まったけど、思った以上にエンの使い勝手の良さが知られているってことか。
「それって、教会は大丈夫なんだよな? ばかな連中がエンを奪おうとオリエント国以外にある教会に襲い掛かるみたいなことってないよな?」
「ありますよ」
「え、あるんだ。……その割には平然としているな。問題ないってことでいいのか、ハンナ?」
「はい。もともと、バルカ教会は作るときに周囲をアトモスの壁で囲んで防備を固めるようにしていますから。なにか不穏な気配があれば通信用の魔道具で連絡が来るので、対応できているんですよ」
なるほど。
そういや、オリエント国内の各地で俺がバルカ教会を作ったときに、結構しっかりとした守り重視の建物を建てたな。
周りを高い壁で囲むだけじゃなくて、教会の壁そのものも【壁建築】で作って分厚くしていたから、そこらの下手な砦よりもガッチガチの教会になっていたんだった。
ハンナは真面目だから、その後も各地で作る教会をそれと同じ基準で増やしていったってことなんだろう。
「ってことは、腕輪の数をもう少しなんとかできれば、さらに教会の規模拡大を勧められそうってことか?」
「そうですね。腕輪があれば助かると思います。もちろん、聖典をしっかりと読み込んで、教会の教えを伝える人の数もいるでしょうけれど。でも、腕輪の増産ってできるんですか?」
「うん? 腕輪なら作成を急がせれば今よりは作れると思うよ」
「いえ。アルフォンス様が前に言っていたじゃないですか。エンが国外に流れたらちょっと困るかもって」
「ああ、あれね。確かに国内のエンが流れていくと困るけど、国外で腕輪を手に入れた人が金貨や銀貨をエンに換えて使う分にはあんまり変わらないだろうし、大丈夫じゃないかと思うよ。まあ、ぶっちゃけ、やってみないとわかんないけどさ」
「……あの、それならもっとほかの国にもバルカ教会を出してみるっていうのはどうなんでしょうか?」
「ほかの国? さっきからハンナと話していたのは、ほかの国へさらにバルカ教会を広げるって話をしていたつもりなんだけど」
「いえ、そうじゃなくて……。たとえば、ブリリア魔導国とかにバルカ教会を出すのって駄目なんですか? 布教していくんなら、小国じゃなくて大きな国のほうがいいんじゃないかと思うんですけど」
ふむ。
そう言われるとそうかもしれない。
なんか、あんまり今まで考えたことがなかったな。
ただ、確かに言われてみればそういう選択肢もありなのかもしれない。
バルカ教会は小国家群でじわりじわりと増やしていこうと思っていたからか、その発想にならなかった。
が、別に大国と呼ばれるブリリア魔導国に作るのも悪くはないのか。
ハンナにそう指摘されたことで、俺は初めてそのことについて考えてみることにしたのだった。
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