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聖人スーラ

「アルフォンス様、こちらに」


「はい」


 スーラが亡くなった。

 大往生といっていいだろう。

 本人にすら自分が何歳かわからないというくらいには長生きしたスーラ。

 そんな彼女が亡くなったあと、俺たちは葬儀を行うことにした。


 新バルカ街にあるバルカ教会。

 ここにはヴァルキリーに騎乗したアルス兄さんの姿を象った吸氷石の像があり、一年を通して寒さを感じない。

 というか、バルカ教会にあるのは大きめの像なので、そのおかげで周辺も寒さを感じにくくなっているので、新バルカ街全体が冬であっても過ごしやすい。

 そんな、奇跡の像が祭ってある祭壇の前に棺があり、そこにスーラの遺体が納められていた。


 このバルカ教会はハンナにみてもらっており、スーラの葬儀もハンナにお願いした。

 そのハンナがみんなが見ている前で俺へと声をかける。

 その言葉を受けて、俺は前へと進み出した。

 スーラの入った棺へと近づき、そして、そのスーラの遺骸の上へと盃を乗せる。


 それは真っ赤な盃だ。

 魔導迷宮で手に入れた赤黒い魔石を核にして、俺の血で器の形にしたものだ。

 それがスーラの体の上に載せられると、器の中にじわじわと染み出るように液体が出てくる。

 一見するとブドウでできたお酒のようにも見えるかもしれない。

 が、それはスーラの血だった。


 スーラの最期の願いである、死後の血を吸う行為であるが、これまた他の者から慎重論が上がったのだ。

 以前、ローラにも言われたが、俺はすでに人から見られて評価される身分になっている。

 公然と死者の血を吸うというのは、非日常に近い戦場であればともかく、厳かな葬儀の最中にすべきではないのではないかというものだった。

 というか、さすがに見た目にも悪いだろうしな。

 死んだスーラの体に魔剣を突き立てて、干からびるくらいまで血を吸い取ってしまうというのは。


 なので、それをごまかす演出として盃を作ったわけだ。

 この地に伝わる伝説になぞらえたものだ。

 オリエント国も含まれる九頭竜平野には自然信仰のようなものがあり、その中には氾濫の多い川を龍として捉える考え方があるらしい。

 それがもととなって、龍を退治したら体から盃が出てきたという逸話があるのだとか。

 ここにある盃は、俺が急遽作り上げたものではあるが、しかし、その話をもとにして聖杯などというたいそうな名前をつけている。

 龍の体から出現した聖なる杯による血を飲んだ者は永遠の命を得る、とかなんとか作り話を追加したわけだ。

 どれだけの人がそれを信じるかは知らないけれど、魔法発祥の教会を名乗っているし、そういう不思議な品があってもおかしくはないだろう。


「聖杯によって聖人スーラの清浄なる魂の液体を我がものとし、これからもともに歩むことをここに誓う。スーラよ、安らかに眠れ」


 そうして、聖杯に溜まったきらりと光るような透明感のある液体を俺が飲み干す。

 その光景を見て、参列していた人がありがたそうに頭を下げた。

 その後は、各々がスーラのもとへと近づいて、お別れの挨拶を言っていく。

 どうやら、かなりの人数がいるようで、それが終わるまでどれほど時間がかかるかわからないくらいだ。


 聖人。

 スーラは死して聖人となった。

 俺がほかに知っている聖人といえば、パウロ教皇だろうか。

 部位欠損治療などが可能になる可能性のある医学書を世に出した功績として聖人認定されたパウロ教皇だが、スーラもそれと同格だと認定したのだ。

 もっとも、向こうは聖光教会の聖人認定であり、こっちはバルカ教会の聖人認定なので全然違うのだけれど。


 ただ、スーラにも聖人認定するだけのしっかりとした功績はある。

 それは聖典の編纂作業にあった。

 バルカ教会は聖光教会の聖書をもとにして、聖典を作り上げた。

 それは、東方でもバルカ教会が普及しやすくなるようにという意味があった。

 東方と西方では文化も歴史も全然違う。

 聖光教会の聖書をもとにしつつも、こちらの土地で馴染みやすくなるように、うまいこと話を付け加えてくれたのだ。


 この作業はエルビスなども行っていたが、大部分はスーラのおかげで完成したといってもいい。

 聖典の編纂という偉業を成し遂げた者として、スーラが聖人として認定されてもそうおかしくはないだろう。

 なので、聖人認定に際しては誰からも特に反対意見は出なかった。


 そして、聖典を編纂してからのスーラはここの教会やほかの村や町にある教会にも出向いて説法を行っていたらしい。

 基本的には年齢のこともあるし、この街で話をすることが多かったようだ。

 どうやらそれは俺が知らないだけで、かなり評判がよかったという。

 ここに集まった参列者もスーラが生きていたころに話をよく聞いていた者たちが多いのだとか。

 バリアントからやってきた人物であるにもかかわらず、みんながスーラの死に涙を流して、思い出話を語っている。


「こんなに影響力があったんだな。スーラって」


「もちろんですよ、アルフォンス様。知らなかったんですか? 聖スーラ様の教えを受けて、それを各地で広げていこうってみんな張り切っているんですよ」


「そうか。そりゃ助かるな。ハンナもその一人ってことか」


「はい。私も聖スーラ様のように人の心に染み入るような説話ができるように努めていこうと思っています」


 そうだな。

 ちょうどいい機会かもしれない。

 バルカ教会はこの新バルカ街を拠点として、オリエント国中に教会を建てた。

 が、ほかの小国まではその影響力が及んではいない。

 スーラという聖人が誕生したこともあるし、これをきっかけにもう少し教会勢力を広げていってもいいかもしれないと思ったのだった。

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