スーラの最期
「アル様、おばあちゃんが……」
新バルカ街でラッセンに呪文化を教えたり、エルちゃんたちのクローンを試したり、あるいは川の工事をしたり、首都での仕事をしたりとしていると完全に季節は冬になってしまった。
そんなとき、新バルカ街にあるバルカ御殿にて、ミーティアが急に飛び込んできて声をかけてくる。
「どうしたんだ、ミー? おばあちゃんって、スーラのことか?」
「うん。おばあちゃんが危ないって……。ハンナおねえちゃんにアル様へ伝えてきてって頼まれて……」
「スーラが……。そうか、わかった。すぐに教会に向かおう」
ミーティアと血縁関係のある肉親はハンナだけだ。
だが、血のつながりがなくとも慕っている者がいる。
そのひとりがスーラだ。
スーラはもう何歳になるのかすらわからない老人の女性だ。
バリアントでアルス兄さんと出会ったときからばあさんで、なのに、その老体をおしてまで俺とともに長距離移動をしてオリエント国にまでついてきてくれた。
辺境にして蛮族の住まう土地でありながらも、スーラという女性がいたことは間違いなくバリアントにとっては大きな意味があったはずだ。
あそこに住んでいる者なんてたいてい学なんて一切ないに等しいにもかかわらずに、聡明で小国家群の言語も使い、知り合いもいたのだから。
俺もスーラにはいろいろと助けてもらった。
そんなスーラは今は新バルカ街にある教会にいる。
基本的にはその教会で生活していたのだが、最近は床に臥せることが多くなったと聞いていたが、いよいよ危ないらしい。
ミーティアからハンナの伝言を聞いた俺はすぐにバルカ教会へと向かった。
「調子はどうだ、スーラ?」
「ふふふ。そうですなぁ。大丈夫、といいたいところですがあまりよくはありませんな」
「ハンナの【慈愛の炎】でも厳しそうだね。さすがに自然治癒力を高めるだけじゃ無理か。回復、っと。これでどうだ?」
「ありがとうございます、アルフォンス様。暖かい光を感じました。体中のつらさが抜けていくようです。ですが、もう長くはもたないでしょうな」
「老衰は【回復】では治せないからね。痛みとかはましにはなるはずだけどそれだけだろうしな。ごめんな、せっかく呼ばれたけど俺にはなにもできなさそうだ」
「何をおっしゃるのです。こうして忙しい中をそのお顔を見せに来ていただけただけで満足です。ありがとうございますじゃ、アルフォンス様」
横になったスーラをハンナやほかの教会に所属する者たちが看病している。
そこにやってきた俺はスーラの体をみた。
痩せて骨と皮だけになったような姿だ。
だが、別にどこかが病気というわけではないようではある。
いわゆる、もう歳だということなんだろう。
俺が【回復】をかけても、節々の痛みがなくなったくらいで、元気に動き出せるようになったりはしない。
やっぱり、上達したはずの【回復】でもここまで歳をとった状態をどうにかするのは無理みたいだな。
ただ、スーラが出す声などはさっきまでよりははっきりと大きくなったように思う。
痛みがなくなっただけでも本人にとってはよかったんだろうか。
「今まで世話になったな、スーラ。スーラのおかげで本当に助かった。礼を言わせてくれ。ありがとうな」
「いいえ。霊峰の麓で暮らしていた私のもとにアルス様が来たのはもう十年ほど前になるでしょうかな。つい先日のように思い出せますのじゃ。あのころはただの名もなき集落の族長程度でしかなかったこの身が、こうして都市に住み、冬でも暖かな寝床の上で一生を終えられるのはアルス様やアルフォンス様のおかげにほかなりません。こちらこそ、感謝してもしきれないのですよ」
「そう言ってもらえると助かる。でも、そうか。スーラがアルス兄さんとあったのはもう十年も前なんだね」
「この老骨にとってみれば、本当につい最近のことのようですがな」
「そっか。そうだ、なにか願いとかないのか、スーラ? うまいものが食いたいとか、これがほしいとか、そういう願いがあれば言ってくれよ。できるだけ叶えるからさ」
「そうですか。なら、なにかないか考えてみましょうかな」
「おう。なんでも言ってくれよな」
スーラがアルス兄さんと出会って十年か。
俺が直接かかわった期間はそれよりも少なく半分程度だ。
だが、その間、バリアントの連中は一切俺に不都合なことはしなかった。
それはアルス兄さんの影響が大きかったのもあるだろう。
が、スーラがいたことも非常に大きかったと思う。
歳を重ね、俺にもときおり意見を出して話し合うスーラがいたからこそ、バリアントの連中は俺を信用していた。
今、スーラがいなくなってもバリアントの連中とは信頼関係ができているとは思うが、それでもここまで何もなかったのはスーラがいたからに違いない。
ならば、なんでも願いを叶えてやりたいと思ってしまった。
「ああ、バリアントの奴らのことなら任しておけよ、スーラ。そういう願いは気にせずに、スーラ個人の思いを言ってほしい」
「そうですなあ。それは困りましたな。それでは願いなど思いつきません。私はもう十分に満たされているのですからな」
「そう言わずにさ。なんかあるでしょ。食べたいものとか、見たいものとか、なんでもいいんだ」
「難しいことを言われる。ですが、本当になにもないのです。ならば、こういうのはどうですかな。バリアントが野蛮であると言われた古き、悪しき慣習なのですが」
「なに? その悪しき慣習って?」
「昔の話ですじゃ。食べるものもなく、厳しすぎる環境下のバリアントでは死者を弔う際にその身を一切無駄にはしなかったというのです」
「……まさかそれって?」
「ええ。ですが、大昔の話で今はどこの部族もしていないでしょうが、一部では今でも亡き者の血を盃で分け合って口にする場所もあるとか。本来ならばそのような悪しき慣習を持ち出す気はなかったのですが、アルフォンス様には血を操る能力がおありのようですので」
「いや、いいよ。わかった。なら、スーラの血は俺がもらおう」
「ありがとうございますじゃ。これで、死してもアルフォンス様の役に立てる。そう思うだけでもう思い残すことはなにもありません」
小国家群やそのほかの東方諸国が霊峰近くに住む人間を野蛮扱いしていたのって、そういう理由もあったのか。
だけど、まあいいか。
血をもらうというのは、魔剣ノルンと契約して力を得た俺にとってはなにひとつ気にするものじゃないし。
こうして、スーラの頼みを聞いたからか、その数日後、スーラは安らかな寝顔を浮かべながら、みんなが見守る中、息を引き取ったのだった。
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