反復作業
新バルカ街に保護したラッセンにたいして魔術と魔法の関係、そして、魔術の呪文化について説明した。
ラッセンもその説明を聞いて驚いていた。
自分の魔力を使って他の者にはできない現象を引き起こすことができることは知っていても、それを呪文という形に昇華させる考え自体思い浮かばなかったからだろう。
やはり、東方では自分の魔力をいかにうまく使うかを考える人はいても、呪文にするような人はいないのだろうとラッセンの話を聞いて思った。
個々人で持つ魔力量の違い。
そして、その魔力による質の差によって、なにができるかは千差万別だ。
そうなると、いかにその力をうまく使うかが重要になる。
ラッセンで言えば、地面に穴を開けたりするのも、どういうふうに魔力を使い、最小で最大の効果を発揮できるかが主眼にあった。
当たり前だろうな。
その土地によって状況が違うのだから、画一的に同じ効果を発揮させる意味なんてないのだから。
むしろ、臨機応変に使いこなすことこそが重要であると認識していたわけだ。
だが、【命名】という名付けの技法によって他者に魔法を授けるならば、呪文化の作業がどうしても必要になる。
決められた単語を呟くだけで、同じ効果が反射のように行える状態にならなければいけないのだ。
この辺の違いがどうにも難しいらしい。
地中にどれくらいの魔力を流し込み、どのくらいの深さまでを、どんな鉱物があるかを調べるか。
毎回、同じ量の魔力を使って同じことを数万回以上繰り返す先に魔法創造をなしえることができると聞いて、ちょっと放心状態になっていた。
「まあ、なんとか頑張ってください。早ければ数か月程度で呪文化には成功しますよ」
「す、数か月も、ですか? 同じことを延々と繰り返すのをそれだけ長期間やらなければならないのですね」
「いやいや、数か月なら早いほうですよ。数年かけてようやく呪文を作れるって人もいるみたいですし。というか、できない人もいるのですけどね。ラッセン殿は諦めずに完成させてください」
「……これは大変な仕事を引き受けましたね。けれど、やってみます。こうして、身の安全を保証していただける恩を返すためにも、それくらいはやってみせますよ」
単純作業の繰り返しは誰だって飽きる。
それはしょうがない。
が、それを飽きずに反復し続けることでしか呪文は作れないのだ。
どうやら、ラッセンは始める前からその大変さが理解できているようだけれど、それでも命を拾ったおかげでやる気になっていた。
なんとか、成功させてほしい。
というか、【地質調査】という呪文が作れた暁にはほかにも呪文を作ってほしいとは思っているのだから。
「なにか、こつとかはあるでしょうか? というか、同じ量の魔力を毎回使うというだけで、かなり難しいのですが」
しかし、さっそく呪文化に取り組んだラッセンから質問が来た。
そういえば、今までそんな訓練したこともないだろうしな。
魔力は秤で測定できるようなものではないので、意図して同量を魔術で使うというのは思った以上に難しい。
俺はこれまで何個も魔法を作ってきたけど、それは事前に魔力を操る訓練をしていたからだ。
今の俺なら何も考えずに自分の考えただけの魔力量を使用することができる。
が、それができる者はほかにはあまりいない。
アイが教えている孤児たちならある程度、慣れているだろうか。
その点ではオリバも苦労していた。
グルーガリア国の魔術の使い手の血を奪い取り、それをオリバの体に入れた。
その結果、オリバは【炎雷矢】という炎を纏った矢を放つことができるようになった。
そこで、それを魔法として呪文化するように言い、オリバはそのためにひたすら【炎雷矢】を放つ日々を過ごすことになった。
けれど、実はいまだにそれは完成していない。
あれからもう一年近く経過しているのにできていないのだ。
それは、ラッセンが言ったように「毎回同じことを繰り返し実行する」ことが本当に難しいからだ。
というのも、オリバの【炎雷矢】はこの一年で非常に上達してしまっていた。
毎日のように魔力のこもった魔石を使い、矢を放ち続けたオリバは、まず体つきが変わっていった。
今までも弓を使ったことはあったのだろうけれど、グルーガリア弓兵の血を取り込み、優れた弓の使い手としての体の使い方を肉体で覚え、それを実際に自分の体で何度も矢を放ってきたのだ。
見違えるほどに背筋が発達し、より遠くまで弓が飛ぶようになったのは言うまでもないだろう。
さらには、その構えた弓と矢に魔力を込める動作も素早く正確になってきた。
どうも、血を取り入れたばかりのころはぎこちなさがあったようだ。
それがだんだんとなめらかになるにつれ、さらに自分でもいろいろと考えるようになったのだという。
もっとこうしたほうがいいかな、とか、ここはこうしてみたらどうだろうか、と魔力の込め方も微調整したりする。
そうすることで、より遠くまで高威力で放つことができる炎の矢を身に着けていったのだ。
ようするに、一年間でオリバの弓術は今までにないほどに上達した。
が、それ故にいっこうに呪文にはならなかったというわけだ。
今となっては、もうそれでいいかもとこちらも思っている。
オリバの放つ【炎雷矢】は本場のグルーガリア兵にも負けない強力な一射に昇華されているし、それを呪文化して不特定多数の有象無象に使るようになってしまってもあれだしな。
オリバのことを思い出して、ラッセンには無理に頑張って上達しようと考えずに頑張るように伝えよう。
そう考えると、本当に魔法を作るというのは難しい作業なんだなと思ってしまった。
よくもまあ、ハンナやミーティアは魔法を作ってくれたものだ。
やっぱり、子どもの時から魔力の訓練をさせたほうができやすいんだろうか。
そんなことを考えながらも、ラッセンには無心になってひたすらやれと伝えたのだった。
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