命拾い
「ラッセン殿に聞きたいことがあります」
「え? なんでしょうか?」
地面の下に作り上げた空洞をすぐに埋めなおすという虚無を味わっていたラッセンがその作業を終えた。
それを見届けた俺は、ラッセンにたいして話しかける。
アイの話を聞いて、すぐに確認しておかなければならないことができたからだ。
「ラッセン殿は魔法を使えますか? また、他の者に【命名】を使用したことがありますか?」
「魔法ですか? いえ、実は今は使えないのですよ。以前私に【命名】をしてくれた者がいたのですが、その方が亡くなってしまって使えなくなってしまったのです。その後、ほかの誰にも【命名】されていないというか、それどころではなくなって今に至るので、現在は魔法は使えません」
「なるほど。ですが、その場合でも、以前魔法が使えた時にほかの人に【命名】を使って名付けをしたことがあるのでは?」
「いえ。私は別に誰かに【命名】を使ったことはないですよ」
「それは本当ですか?」
「はい。他の者は別の誰かから名付けされていたので、私がする必要もなかったので。それがなにか?」
「いえいえ。一応ここに来られた方にはそれらを確認していただけのことで。あまり気になさらないでください」
命拾いしたね、ラッセン。
気にするな、とは言いつつも、ラッセンは今の回答で命を拾うことになった。
というのも、誰かに名付けをしていた場合、問題があるからだ。
ラッセンの潜在能力はすごい。
今までそこまで重要視されていなかったのが不思議なくらいの有用な魔力特性を持っていることがアイによって確認された。
特に土との親和性の高さはアルス兄さんのこれまでの功績によって有用性が分かり切っているからな。
もしも、ラッセンの力を十全に使うことができれば、いろいろと面白いことができる。
だが、それを手放しで喜ぶことはできない。
それは魔力の流れというものがあるからだ。
俺は以前、失敗をした。
ミーティアたちが【にゃんにゃん】や【うさ耳ピョンピョン】という魔法を作った際に、こちらの軍を強化するために専用部隊を作った。
が、その部隊の兵に【命名】を使ったことで、結果として全く関係ないはずのパージ街の住人たちまでもがそれらの魔法を使えるようになったからだ。
もし、ここでラッセンの力がすごいからといって、たとえば【坑道】などといった魔法を作らせると危険だ。
地面の下に好き勝手に穴を開け、通路を開通できる魔法が世の中に広がる可能性があるのだ。
そうなれば、街を囲む城壁なんてものは何の価値もなくなってしまう。
それは、俺にとっても損にしかならない。
もしも、ラッセンがそれらの魔法を創り上げるように手助けをするならば、可能な限り、それを俺たちで独占したい。
そうできないのであれば、むしろラッセンはいないほうがいいとすらいえる。
第三者の手に恐るべき力が渡る可能性が出てきてしまうからだ。
なので、ラッセンがすでに誰かに【命名】をしていた場合、彼は危険人物とみなすことになっただろう。
万が一にも余計な魔法を作られては困るので、あとのことを考えると命を奪うことも視野に入れる必要があった。
が、本人のいうところによればかつて魔法を使えたときにも【命名】を使ったことはないという。
それならば、いまのところは有用な人物としてこちらも扱えることになるだろうか。
俺の質問を聞いて、どういう意味だろうかと今も疑問に思っているふうなラッセンの顔を見る。
実は、それ以外にも彼は死を免れたことになる。
誰にも名付けをしていないのであれば、今後ラッセンには魔法を作ってもらってもいいかもしれない。
それは彼自身にしかできないことだ。
だが、そうでなかった場合には、俺がラッセンの血を吸うこともちょっと考えたのだ。
魔剣ノルンによって、ラッセンの血を吸いつくしてしまえば、俺は力を得られるかもしれない。
流星のようにほぼ完成された魔法のような魔術と違って、ラッセンのそれは毎回同じ効果を発揮するわけではないらしいが、血を奪うことで俺にも土を操ることができるかもしれないと思ったのだ。
どういうわけか、俺はアルス兄さんと同じ血のはずだけど魔力で土いじりができないからな。
ラッセンの力を奪ってそれができるのであれば、全部吸いつくしてやろうかとも思った。
が、その場合、魔術を手に入れても呪文化できないかもしれない。
仮に呪文化できても俺が名付けて、そこから派生した魔力の流れによって、非常に多くの人がその魔法を使えることになれば、それはそれで先ほどの問題が出てくる。
なので、安易にラッセンから血を奪わずに、彼だけで完結する魔法を作ってもらったほうが使いやすいかもしれないということが考えられた。
俺がそんなふうに、ラッセンの血を奪うかどうかを頭の中で考えていたら、それが相手にも伝わったのだろうか。
一瞬、俺の視線を受けてビクリと体を震わせて、ラッセンは冷や汗をかき出した。
大丈夫だ。
そんなことはしないよ。
それよりも、運よく利用価値が高い状態にあるのだから、こちらで彼の命を保護した以上、それなりの恩恵をもたらせてもらうことにしよう。
体の震えが止まったラッセンを家に招待し、丁重に迎えることにしたのだった。
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