土建屋
「この国はほかの国とは全然違うのですね」
「そうなんですか? 私は今のところ国内で動くことが多いのであまり他国の状況をこの目で見ることがないのです。けれど、ラッセン殿がそういうのであればそうなのでしょうね。なにせ、ほかの国をあちこち回られたようですし」
「ええ。間違いありませんよ。私がここに来るまでに見てきた光景とは全然違います。まるで大不況など存在しなかったかのような場所に見えます。人の顔には笑顔があふれ、食べ物が普通に買えて、汗を流しながら働いている。そんな光景がもうほかの国では見ることすらできないのですよ」
オリエント国の首都から新バルカ街に移動したラッセン。
その二つの街を見て、他国との違いを口にする。
どうやら、本当にほかの国とは全然違うらしい。
夏の終わりから秋にかけて始まった【ラッセンの大暴落】による不況はそれはそれは大変恐ろしいものだった。
今まではごく普通に買えた物ですら、一気に購入できなくなってしまったのだから。
一夜にして、商店からは品物が消え去り、わずかな物を我先にと奪い合うようにして持っていく。
それが今も続いているのだ。
食べ物だけではない。
それこそ今までは普通に買うことができた当たり前の品ですら姿を消し、そしてそれを転売して超高額で売ろうとする者までいる始末だ。
だが、そんなことをしてもあまり意味がない。
どうせ、そこで金を得ても食べ物すらまともに買えないのだから。
なので、ほかの国々では人々の顔から笑顔が消え去っていたらしい。
だが、この国では違う。
不況の影響はあれども、そこまでひどくはなっていないからだ。
その光景を見てラッセンはひどく驚いていた。
「よほど政治がきちんと機能しているのでしょうね。ほかの国々では国こそが恐慌状態になっていて、買い占めに走るありさまでしたよ」
「ああ、なるほど。本来金を持っているはずの国がそんなことをしているのですか。どおりでそこまで事態が急激に悪化するわけですね」
「オリエント国は買い占めなどはしなかったのですか? 食料確保は国としても必須事項なのではと思うのですが」
「ここしばらくは土地の開発をしまくっていたんですよ。道路も増えましたけど、それと比例するように農地も確保できていたので。なので、食べ物にかんしてはある程度確保はできていたのです」
「ほほう。それはすごい。先見の明があったのですね」
「いえいえ。別に不況を予想していたわけではないですよ。ただ、国内の開発は国を預かる者として避けては通れない仕事でしょう。それを普通にやっていただけです」
「それは普通ではありませんよ。どこの国も、その国を牛耳る者は私利私欲のために動いていますからね。自分の利益にならなければ開発なんてしないでしょう。それがこの国では川の氾濫を防ぐために工事を始めたのだと話を聞きました。氾濫防止はどこも最後は匙を投げる自然との闘いです。お金ばかりかかって徒労に終わることがほとんどです。この国ほど精力的に取り組むだけではなく、成果をあげているのは素晴らしいことですよ」
「ありがとうございます。……というか、お詳しいですね。それは職業柄ですか?」
「ああ、いえ、お恥ずかしい。別に職業柄などと大それたことを言うつもりは毛頭ありません。私はあなたほどにはうまく工事できないですから」
「そんなことはないでしょう。ラッセン殿のこれまでの仕事ぶりは耳にしていますよ。わざわざこの国にまで足を運んでいただいたのも、それが関係している部分があるのは事実ですから」
「……ありがとうございます。ここ最近は本当に仕事外のことで神経をすり減らして参っていました。そのように、本業を認めてくださる人に出会えて、本当にありがたいです」
俺の言葉を受けて、ラッセンが頭を下げた。
ふたたび上げたその時には、本当にうれしそうな顔つきになっていて口角が上がっていた。
そうとう追い詰められていたんだろうな。
不況の原因であるという理由で最近はまともに仕事もできていなかったことが関係しているのかもしれない。
「土建屋ラッセン、でしたっけ? それとも穴掘り師と呼んだほうがいいですか?」
「ははは。もはやそれも懐かしく感じてしまいますね。どちらでも好きなようにお呼びください」
悪名轟くこの男をわざわざ新バルカ街まで引き入れたのは利用するためだ。
いざというときは、硬貨不足の原因はこいつだと責任を追及する所存だ。
が、それとは別に、こいつはこいつで今までそれなりに名が通っていたらしい。
それは、今の俺がしている仕事である川の工事などと少し似ている。
土建屋ラッセン。
またの名を穴掘り師。
このラッセンという男は魔術師だった。
魔力を使って土をいじる。
あのアルス兄さんにちょっと似ているかもしれないな。
九頭竜平野という氾濫の絶えないこの地で、ラッセンが魔力を用いて川の工事を扱った仕事もいくつかあるようだ。
そういう生活をしていたからこそ、思うところがあったらしい。
それは、川の整備をしっかりとしている土地ほど豊かであるということだ。
九頭竜平野の川は頻繁に氾濫する。
それを整備しようとしたらどうしても毎年のように大金がかかる。
しかも、それは完成しても常に管理しなければならず、自然の力の前には壊れることも珍しくはない。
なので、土地の支配者は嫌がるのだが、実際はしっかりとそれをしているところほど豊かで強いというのが肌感覚で分かるのだそうだ。
その点で言えば、オリエント国は驚くほどに川の整備に力を入れていて驚いたのだという。
そうだな。
せっかくだし、この街で過ごす間に意見をもらってもいいかもしれない。
うちはアイによって計画的に工事を進めてはいるが、これまでは魔法でごり押しすることも多かったしな。
魔力を使って大地に干渉できる力のある者の考えを聞いておくのも悪くないだろうと思ったのだった。
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