原因の男
「お会いできて光栄です。あの【鉄壁のアルフォンス】様にお会いできるとは思いもしませんでした」
「こちらこそ、以前から貴殿には会いたいと思っていました。ようこそ、ラッセン殿。今日はゆっくりとくつろいでください」
オリエント国にある俺の屋敷。
そこに一人の男が訪れた。
というよりも、わざわざ招いたというべきだろう。
男の名前はラッセン。
別の小国で暮らしていた人物であり、そして、この小国家群全体に大不況を引き起こした者でもある。
「いや、ありがたい。感謝申し上げます。もしかするとご存じであるかもしれませんが、最近私は人から心無い言葉を投げかけられることが多くて困っていたのですよ」
「【ラッセンの大暴落】ですね。不幸なことです。この九頭竜平野を覆いつくすように発生した大不況の原因にそのような名称がついたことで、世間の印象は歪んでしまいました。まるで、あなたがこの不況の原因であるかのように思う者がいるようですね」
「そのとおりです。実に困った話です。私がこの不景気の原因だ、などと言われても意味不明ですよ。私が何をしたというのか、誰も説明などできないではないですか。そもそも、どうして【ラッセンの大不況】などという言葉が生まれたのかも理解に苦しみます」
「……確かにそうですね。私が聞いた話では不況の発端になったのがラッセン殿の言葉からであったという内容でした。が、それも事実関係が不明で、噂話に尾ひれがどれだけついているのか、確認しようもありません」
「それはそうかもしれませんね。というよりも、いろいろと話が出回っていて、正直なところ私自身、その内容がどんなものであるか知りもしないのです。ただ、総じてそれらは私を起点にして不況が始まったというものであるらしい。実に不愉快な話です」
ラッセンの話を聞きながら、適当に相槌をうつ。
ラッセンの大暴落。
それは、この地にあるさまざまな国に多大な影響を与えた不況の総称である。
これはかなりいろんな国で広がった言葉であり、いつしかほぼ各国住民の共通認識となっていた。
すなわち、ラッセンという男がこの不況を起こした原因である、と。
もちろん、それは俺が影の者たちに流させた噂である。
最初はラッセンが税を納めるのには硬貨である必要があるのか、と住んでいた国に確認しただけの話だった。
その質問に対する答えが、硬貨が望ましい、というものであった。
それをラッセンが周囲の者に伝えた結果、未曽有の硬貨不足にまで発展したのだ。
が、【ラッセンの大暴落】の話は今では非常に多岐にわたる。
というのも、最初のその話は現在ではほとんど聞かれなくなっていて、今では別の話が出回っていたのだ。
その内容の一部は、ラッセンという男がお金を得るために魔道具相場で不正を働いただとか、金のない者に無理やりお金を貸して多大な借金を作らせようとしただとか、いろいろある。
そして最終的には、どれもラッセン自身が大不況を契機に大金持ちになっているというものだった。
これまでにない、前代未聞の大不況。
個人も組織も、そして国すらもがとてつもない損害を被ることになったこの一連の出来事の中で、ラッセンは大金を得るに至ったというではないか。
この話は恐ろしい勢いで広まった。
なぜなら、世間は敵を探していたからだ。
どうしてこんなことになったのか。
お金がなく、仕事もなく、食料も買えない。
それは全て自分の努力不足などではなく、どうしようもない大きな流れによって我が身に降りかかったのだ。
それはいったい誰のせいなのか。
そう考えるのはしかたのないことだろう。
誰だって自分が悪くない、人のせいだと思いたがるものなのだから。
こうして、問題の責任は誰にあるのかを探しているときに、ラッセンという男の話を耳にする。
自分が今苦しんでいるのはラッセンなる人物のせいだというものだ。
それを確認する術はない。
実際に確かめようもない話なのだから。
が、人間というのは不思議なものみたいだ。
自分が耳にした話を確かなものであると思う条件として、いろんな人から話を聞くこと、があるらしい。
つまり、ラッセンが悪い、という内容の話をひとりだけから聞くのではなく、周りの人から何人にも聞かされると、それが真実かどうかを確かめられないにもかかわらず、本当のことだと思い込むみたいだ。
その思い込みはかなり強固なものだった。
今、小国家群でそこらにいる住民に不況の原因はなんですかと質問を投げかければ、まず間違いなくラッセンが悪いと答えるだろう。
もはや、誰に聞いても「ラッセン」という人物名が飛び出し、しかも、そのラッセンがいかに他人の迷惑を顧みずに自己利益を追求して行動していたのかを熱く話してくれるに違いない。
正直、俺も驚いている。
最初にこの男が納税に硬貨が必要なのかと聞いたという情報を得た段階では、別にそこまでラッセン自身のことに気をかけていたわけではなかった。
なんとなく、思い付きで不況の原因はこいつだと噂話を流しただけだったのだ。
それがここまで嫌われることになるとは思いもしなかった。
が、これはこれで利用できる。
ラッセンが周囲から最大限の非難を浴びながらも、今までなんとか生きていたことは最大の幸運だった。
だって、大国が小国家群の不況の原因を探しに来たら、まず間違いなくラッセンに着目することになるのだから。
その結果、俺やオリエント国に目が向けられる可能性は低くなる。
つまり、ラッセンはまだまだ頑張って生きてもらわなければならないということだ。
「大変だったでしょう。苦労されていると聞いています」
「バルカ殿は私が無実であると信じてくれるのですね?」
「もちろんですよ。というよりも、常識的に考えてこの未曽有の大不況が誰かの手によって引き起こされたという話のほうがおかしいでしょう。誰にとっても運の悪い出来事だった。それだけのこと。なのに、ラッセン殿は貧乏くじを引いてしまっていたのだと思います」
「然り。まさにそのとおりです。私も不況になって以来、あちらこちらの土地を点々とさまようように移動してきましたが、どこの国も大変な状況です。こんなことを人為的に起こせる者などいないでしょう。そんなことができるはずがありません」
「全く同意見です。どうでしょうか? 私の目が黒いうちはこの地でラッセン殿の身を危険にさらさせはしません。しばらく、ここに滞在して我々にほかの国の話などお聞かせ願えないでしょうか?」
「分かりました。しばらく厄介になろうかと思います」
意見の一致により意気投合した俺とラッセン。
仲良くなったことで、しばらくラッセンはうちに泊まることになった。
ひとまず、彼には新バルカ街にでもいてもらおうか。
小国はおろか、大国も含めて不況の原因たる男の所在は不明のほうがこちらにとっては都合がいいからな。
こうして、保護という名で身柄を確保することに成功したのだった。
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