奇跡の子
「あ、ありがとうございます。このたびは、なんとお礼を言ってよいものやら。感謝してもしきれません」
「別にいいよ。それより、その子の体はもう大丈夫? どこか気になるところはないか?」
「はい。ありません。しっかりと見えています、アルフォンス様。それに話も……」
「そっか。よかった。じゃ、お大事に」
【回復】を使った欠損治療。
白犬人エルちゃんの繁殖のために始めた研究の一環として、【回復】を人体に対しても使うことにした。
今は、オリエント国の屋敷で治療を行った直後だ。
とある富豪の娘が病魔に侵されて視神経に障害を負ったという話だった。
俺が【回復】を使って治療をしていると聞きつけたその富豪がぜひ治療をしてほしいと頼んできたのだ。
治るのであれば多額の治療費を払うと言ってきたので引き受けた。
どうやら、普通の医療ではどうしても治せない病気だったようだ。
最初は目が少しずつ見えにくくなっていく病気でありながら、だんだんと視力を失いつつ、声も出せなくなっていくのだそうだ。
視神経を経由して脳にでも影響を及ぼす病気なんだろうか?
これはアイもよく知らない未知の病気だったらしいが、【回復】はしっかりと効いた。
欠損治療と同じように神経も回復したんだろう。
なるほど。
と、いうことは【回復】を使いこなせれば神経の塊でもある脳という臓器も治せるのかもしれないな。
まだまだ研究段階だが、歳をとると脳の機能というのも低下するらしい。
が、神界に住んでいた神の使徒と呼ばれる存在は長寿でありながら記憶力なんかもしっかりしていたって話だし、多分【回復】を使って脳も治していたんだろう。
長い期間、命の心配もせずに空の上で暮らしていても、ひとたび地上の教会に顔を出したりしたときには威厳ある人物に見えていたそうだしな。
まあ、その時のことは聖都が滅んで実際は誰も見たことのない伝聞だからほんとかどうかは分かんないけど。
なんにせよ、これで【回復】の実験はもう十分かな。
少なくとも欠損治療に関してはなんとかなると思う。
手や足が失われたりだけではなく、生きてさえいれば頭の一部が無くなっていたとしても治せるような気がする。
さすがにそれは傷を負った直後にしか手は出せないだろうから試していないけどね。
なんにせよ、これで味方が負傷しても死にさえしなければ助けられるということになった。
「お疲れ様でした、アルフォンスくん。今日はもうおしまいですか?」
「ああ、お疲れ様、ローラ。うん、終わりだよ。っていうか、もう【回復】の効果については十分に試せたからこれ以上けが人を集めなくても大丈夫だよ」
「あら、そうなんですか。それは残念ですね。実は、ほかにもたくさんの方がアルフォンスくんの治療を受けたいと申し込んできているんですよ」
「そうなの? でも、この都市には俺以外にも【回復】を使えるやつっているでしょ。バナージ殿とかさ」
「はい。それはもちろん。バナージ議員と関係の深い、初期に名付けを受けた方々はアルフォンスくんのいう位階が上がっているので【回復】が使えるはずです。ですので、これまではそういった方々がこの街で【回復】治療を行ってきていました」
だろうな。
今は小国家群に広がった名付け。
それは、アルス兄さんから【命名】されたバナージが周囲の者に名付けをして、そこから徐々に広がっていたんだ。
バナージ自身はそれほどたくさんの人間に名付けはしていなかったらしい。
そして、周りの人間にも有用な力だからこそ、みだりに名付けをせずに相手を選べと言っていたという。
だからか、最初俺がこのオリエント国に来た時には上層の一部の人間は魔法を使えても、一般人はほとんど魔法を使えなかった。
だが、時間が経つほどに名付けの網は広がっていった。
オリエント国ではバナージの意向をくんで相手を選んで名付けをしていたとしても、そこから漏れ出たほかの国では有用だからこそ多くの人間に魔法を使えるようにしようと一気に広がった。
その結果が、治安の悪化だったりもする。
地域に独立した勢力が出来上がることにつながった。
というわけで、最初こそ限られた者しか使えなかった魔法だが、今は多くの人間が魔法を使えるようになっている。
そして、その恩恵をバナージやその周囲の者は受けているわけだ。
名付けを通して小国家群の人間から魔力が流れ込んで消えているからな。
【回復】を使える者がオリエント国には複数存在していた。
なので、そいつらの中にはけが人を治したりしている奴もいたのだ。
欠損治療はできなくても、たいていの怪我は治せるだけの性能が【回復】にはある。
なので、別に俺に頼まなくてもほかの【回復】を使える位階の者に頼めばいいのではないかと思ったが、どうやら違うようだ。
どうも以前に事件があったようだ。
【回復】を使えるようになった人物がその性能に驚いて、俺と同じようにいろんな奴に【回復】を使った。
そして、それが有名になった。
その結果、どうなったのかというと誘拐されたらしい。
まあ、そういうこともあるかもしれないか。
魔力という元手なしで、回数に限りがあれどもたいていの大怪我が治せるのだ。
その利用価値は高い。
それに、使えるのがバナージの身近な者だったというのもある。
バナージは外交畑にいて、そこまで武力があるというわけでもなかった。
周りの者たちもどちらかというと武闘派ではなかったために、身を守れなかったということらしい。
なんで【回復】が使えるほどの位階になった魔力量で誘拐されるのか理解に苦しむが、とにかくそういうことがあり、【回復】が使えてもそれを人に話したりはしなくなったという経緯があるようだ。
なので、オリエント国で他人を治療する【回復】を公然と使える者はいない状態だったというわけだ。
そこに俺が登場した。
当たり前だが、さすがにオリエント軍を手中にしている俺に手を出そうとする奴はいないようだ。
「それにアルフォンスくんは不治の病である心臓の病も治しているでしょう? あらゆる病気を治す奇跡の子、なんていうふうに言われ始めているみたいですよ」
「へー。鉄壁の次は奇跡、か。なんか最近になってようやく俺の通り名が付き出したね」
「それだけ人々から認められているということですよ。どうでしょう。せっかく名声をあげられる機会でもありますし、毎日ではなくともたまに【回復】をする日を設けてもよいのではないですか?」
「名声ねえ。うーん、分かった。名声があったほうが兵が集めやすいだろうし、日程の都合が合う日ならいいよ。その辺の調整はローラに頼もうかな。いいかな?」
「はい、もちろんです。アルフォンスくんが忙しいのは皆さん知っているでしょし、文句を言う人もいないでしょうから大丈夫ですよ。任せてください」
あんまり強そうな通り名ではないが、新しく「奇跡の子」なんていう名称が広がり始めているらしい。
もっと戦いが強そうな通り名として、【雷光】の騎士とかそういうのを自称でもしたほうがいいんだろうか?
そんなことを考えながら、俺はたまにローラが連れてくるけが人・病人を治療していくことにしたのだった。
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