研究の副産物
「回復、っと。こんな感じでどうかな?」
手にした魔石から魔力を取り込みながら魔法を発動する。
【回復】だ。
ひとたび呪文を唱えれば瞬く間に傷を治してしまう奇跡の魔法。
それを小さな受精卵という細胞にかけていた。
白犬人であるエルちゃんたちの繁殖のために取り入れたクローン技術。
メスの犬の母体から取り出した受精卵というものから核を取り出し、そこに増やしたいエルちゃんたちの細胞の核を放り込む。
そして、それを元の犬の母体に戻したり、あるいはメスの犬人に入れたりといろいろ試している。
これが成功するかは今のところ分からない。
まだまだ始まったばかりだからだ。
結果はもう少しあとから分かることだろう。
もちろん、このクローン技術以外にも繁殖のためにはいろいろと試していた。
普通に交尾しないかどうかを試したり、犬人や犬、あるいは狼の体に媚薬を投与したりと思いつくものを片っ端から試している。
それらがうまくいってくれればもちろんいい。
が、今の俺はクローン技術のほうにかかりっきりだった。
というのも、【回復】を使える人間が限られているからだ。
位階をかなり上昇させなければ、この魔法は使えない。
そして、この魔法は一度の行使でかなりの魔力量を使う。
なので、ひとりで何度も繰り返すためには、魔力を補充しながら行わなければならなかった。
というわけで、オリエント国で買い取っている魔石を俺のもとに持ってこさせて、魔力補充しつつ【回復】をかけている。
もともとは、川の付け替え工事などのために魔力が必要だったこともあり、魔力のこもった魔石を買い取っていた。
が、今では魔道具相場の暴落から工事に加わる人の数も増えている。
魔石による魔力の補充をする機会が少し減っていたのでちょうどよかったかもしれない。
というわけで、バルカ教会を通してエンを使って買い集めた魔力のこもった魔石を使い、次々と【回復】を使っていった。
こうなると、わざわざエルビスやイアンなどの俺以外に【回復】を使える者を呼ばずに、自分一人でやっても効率は変わらない。
それに、この【回復】を何度も使うというのは俺にとっていい勉強になった。
それは、俺の【回復】の技量に変化をもたらした。
去年、【回復】という魔法が使えるようになってから、時々試していたのだけれど、今までよりもしっかり治せている感じがするのだ。
この魔法は知識の深さで効果が変わるという話だった。
だけど、自分で使ってみて感じるのは、知識だけでは駄目だろうというものだった。
頭の中に人体の構造や仕組みが入っていないと欠損治療が成功しない、という話だったけれど知識を詰め込んだだけではうまくいかないような気がする。
より深く知識を理解したうえで、それこそ細胞一つひとつまで完全に治せるような経験を積まなければ、成功しないのではないかと思うのだ。
そう考えると、聖光教会の神父たちも欠損治療の成功者数がそれほど多くないというのも分かるな。
いくらパウロ教皇が人体についての詳細が記された解剖学書を書いても、それからもう十数年が経過してもまだまだ少ないというのはその証拠だろう。
その点、この別の核を納めた受精卵を【回復】するというのは欠損治療の練習には最適なんじゃないかと思う。
というか、その先の更なる【回復】の力にも関係しているかもしれないな。
欠損治療のその先にある寿命の延長。
細胞を完全に【回復】させることができれば、老化すら防げるという神の領域。
そこにたどり着けるかもしれない。
まあ、俺はノルンがいうには吸血種として寿命がほかの普通の人よりもはるかに長くなっているという話だったから、あんまり関係ないけどね。
ただ、だからといって使えないよりは使えるほうがいいだろう。
それに、寿命はともかく、欠損は治せるようになっておきたい。
「つーか、そういえば、今まで別に欠損がある人に【回復】って使ったことなかったかもな。いい機会だし、一日数人くらいの限定で治療でもしてみるかな」
戦場に出る兵は手足を失うことはそう珍しいことではない。
が、運がいいのか、今のところ、俺のそばではそういう奴はいなかった。
もちろん、一般の兵はいろんな傷を負っているけど、エルビスやイアン、キクやゼン、ウォルターなどの指揮官級でそういう大けがをしたものはいなかった。
なので、【回復】が使えるようになった俺が誰かにそれを使用したのは、実はエルメラルダに行ったときくらいのものだ。
だけど、いつ身近な人間がそういう傷を負うか分からない。
戦場ではいつなにがあるか未来は誰にもわからないからだ。
ならば、今のうちからきっちりと治せるようにしておこう。
というか、自分のためにもやるべきだろう。
というわけで、俺はクローン研究の傍らで、人体に対しても【回復】を使用していくことにした。
とりあえず、新バルカ街にある病院やオリエント国にあるバルカ教会などで、さまざまな重症度の人間を探して、一日数人程度の数だけ治療していくことにした。
しばらく、そんなことを続けていると、欠損治療に関してはどこが失われていてもだいたい治せるようにまで上達したのだった。
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