鉄壁のアルフォンス
ガロード暦12年。
今年は平和な年だ。
最初の雪の降る時期にこそ、俺は大雪山にあるエルメラルダにまで遠征に行ってきたとはいえ、それ以降は大きな戦いもなかった。
やはり、去年周辺国と戦ったことが大きかったのだろう。
どの国にたいしても損害を与えたうえで講和を締結した。
双方に軍を引き、停戦するという内容も含まれた講和だ。
もちろん、それが絶対に守られるわけではなかったが、それでもお互いに動きにくくなる。
そんな状況で、俺はひたすらオリエント軍を動かしてなにをしていたのかというと工事だった。
周辺五か国との戦いで用いた防壁戦術。
それによる多数の壁を国境に見立てて、兵を配置していく。
そうして、それらの兵に簡単な伝令ができる魔道具を持たせて警戒に当たらせて、オリエント国内を開発していく。
よく氾濫を起こす川にたいして堤防を作り、場合によっては川の付け替えを行うという大工事だ。
川の流れすら変えてしまうそれらの工事と並行して、道路網も作り上げていく。
去年からしていたこの一連の仕事は当たり前だがすぐには終わらない。
むしろ何年も続けていくことになるだろう。
ようするに、戦いもせずに工事の進捗を確認しながら、アイが設定した計画通りに地形を変えていくという仕事に励んでいたわけだ。
ただ、これは途中からだんだんと去年とは違う状況になってきていた。
それは、工事をしているのがオリエント兵だけではなくなってきたというところにある。
雪が解け始めたころから、兵ではなく人を雇うことにしたのだ。
氾濫の多い地域で川の付け替え工事を行うというのは、偉大なる自然を相手にあがく無謀な行為だ。
この小国家群ではこれまでそんな意識があったらしい。
堤防を作っても、大雨が降るたびにそれは決壊し、それまでの努力は水泡に帰す。
そんなことが何度も何度も繰り返されてきたために、どこか諦めの気持ちがあったのかもしれない。
だからだ。
去年に川の付け替え工事を始めた時にオリエント兵だけで計画を進めたのは。
国防長官にして、兵を動員できる俺の役職を使って反論を封じ込め、しかも冬場にもかかわらずに工事を急がせた。
そして、実績を残した。
雪の降る工事には不向きの時期にもかかわらずに、オリエント国は大きく地形が変わり始めたのだ。
そして、その後に俺の冬の遠征がある。
死の山にして、東方ではもはやめったに見ることのない魔物がはびこる地獄のような場所である大雪山。
そこに行って、その地に住まう魔物を倒してきた。
俺はその時に倒した氷熊や四手氷猿といった魔物の素材を魔法鞄に入れて持ち帰ってきていた。
それらはガリウスやバナージなどのものづくりの職人たちに渡した分もあるが、それ以外に展示もしたのだ。
剥製にして、オリエント国の議会やその他、人目につく場所に。
どうやら、それで俺の評価は上がったらしい。
霊峰に冬に入り込む恐れ知らずでありながら、誰一人凍死することなく帰還させた将だということだ。
それが、国周辺に出来上がりつつある壁の防衛線と、周辺五か国を跳ね返す戦いぶりと合わさって、『鉄壁のアルフォンス』なんて呼ばれ方もし始めた。
もしかしたら、鉄貨を集めていることも関係しているのかもしれないな。
と、まあ、そんなふうに俺はいつの間にやら守備上手の護り手としての名声を得ることになったわけだ。
個人的には攻めるほうが好きなのになと思ってしまう。
だけど、たしかに今までの傭兵稼業でもオリエント国が攻められた場所に戦いにいくことのほうが数としては多かったし、周囲から見るとそうなのかもしれない。
なんにせよ、呼び名がつくくらいは俺の名と功績が知られるようになったというわけだ。
そのおかげで、自分からオリエント兵にしてほしいと言ってくる者が今まで以上に増えた。
やっぱり、役職だけじゃなくて、強くて名の通っている将のもとに人は集まりやすいんだろう。
ようやく、イアンの影から抜け出してきたって感じだろうか。
ただ、それらの人を全員オリエント兵にするわけにもいかなかった。
さすがに常備軍として抱える人数を無制限に増やすことはできなかったからだ。
兵のもっとも基本的な仕事でもある訓練にもそれなりに時間や手間、食料やお金なんかがかかるからな。
だけど、自分から名乗りを上げたやる気のある連中をうまく使いたい。
というわけで、全員兵士ではないけれども工員として使うことにしたわけだ。
どこにそんな人がいたのかと思うくらいに集まった連中に工事の仕事をさせる。
どいつもこいつも魔力量は少ないので、【壁建築】をできないような者も多かったが、【瞑想】がある。
どんなにこき使っても、最低限の食事を与えて【瞑想】を使わせてから寝れば元気になる。
肉体的な疲れとともに、精神的にも疲労をとる【瞑想】のおかげでオリエント国内の工事はさらに進んだ。
そして、それらの工員に払う賃金はもちろんエンだ。
金はエンで払うからバルカ教会にいって入信して腕輪をもらってこいといえば、たいていの奴はそれに従った。
いろんな考えの奴がいるし、人それぞれ信じるものは違うだろうけど、そうしなければ金にならないならとりあえず入っておこうと思うのは普通だろう。
別になにかを強制される決まりはバルカ教会にはなかったしな。
こうして、オリエント国では今年の春から秋にかけて各地で精力的に工事が進められた。
数万人、あるいはもっと多い数の人が工事に参加し、地形を変えて交通網を作り上げていく。
そうして、それと同時にエンはさらに一般に浸透していった。
工事で受け取ったエンを使って買い物をするので、一般人同士のやり取りでも腕輪を使った買い物が増えたからだ。
そんなこんなで、平和に発展していくオリエント国。
このまま穏やかな日々が続いていくかと思われた、ある秋の日にそれは起こった。
いや、それがいつだったかを認識できる者はほとんどいないだろう。
だが、それは確実に全員にたいして降りかかる災害のように起こった。
魔道具相場の大暴落により、その秋、小国家群に大嵐以上の嵐が吹き荒れることになったのだった。
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