暴落の原因
「魔道具相場に大きな変動が現れる。先日行った占いでその兆しが感じ取れました」
影の者と呼ばれるトラキア一族。
そのトラキア一族の長の一人でもあるシオンという女性。
彼女はなぜかオリエント国にある俺の工房付きの邸宅に住むようになり、それは今でも続いていた。
各地に刺客にもなり情報収集や情報操作もしてくれる影の者を送り、統制しているので助かるのだが、それとは別に特別な力も持っていた。
それは占いの力だ。
多分、魔術に近いものなんだろう。
シオンの占いはよく当たる。
ただ、占いの結果を知ってからその未来を回避するために行動することもできるので、必ずしも占いの結果通りの未来がやってくるわけでもない。
が、それでも今後のことを考えるのに役立つので、占いで何かが見えたら教えてほしいとお願いしていたのだ。
そして、俺が大雪山エルメラルダに行ってエルちゃんたちを連れ帰り、それからだいぶ時間が経過した今、ついに来たかという予測がもたらされた。
高騰しまくっていた魔道具相場。
そこに変化が現れるという内容だ。
「いつくらいになるかな?」
「おそらくは、今年の夏から秋ごろかと。その可能性が高いように見受けられます」
「回避は可能なの?」
「……難しいのではないでしょうか? 少なくとも、私には相場の暴落を回避する方法は見当もつきません」
「なるほど。そこまでは占いではわからないか。だったら、もう誰も止められないだろうね」
もう冬も終わって春がきている。
早ければ夏には魔道具の相場が急に変わることになるというのであれば、もう残された時間は限られているといってもいいだろう。
シオンのように高確率で未来を予見できる占いをできる者がそういるとも思えない。
ましてや、シオンですら暴落回避の方法が分からないというのであれば、もはや誰だってそれを避けることはできないだろう。
ということは、こればっかりはほとんど確定的な未来といってもいいのかもしれない。
「けど、回避できないにしても時期をずらせたりはするのかも? いや、そのやり方は分かんないんだけどさ」
「おそらくは、この流れを止めるのは難しいのではないでしょうか。というよりも、魔道具相場の暴落に決定打を与えているのはアルフォンス様ご自身ですよ。暴落を止めるどころか、原因といってもいいかと思います」
「え? 俺が原因なの? なんでさ。そりゃあ、前から暴落するってわかっていて、それを止める手立ては何もしていなかったけど、別に暴落するように誘導したわけではないぞ?」
「なにを御冗談を。今、しているじゃありませんか。新しいエンを作るために、流通している既存のお金を消滅させているのが暴落のきっかけとなるのですから」
シオンとの会話で魔道具相場の下落原因が俺にあると言われた。
本当にそうだろうか。
シオンに言われたことを改めて考えてみる。
というか、お金の消滅が原因になるの……。
そもそも、魔道具とはもともとはブリリア魔導国で製造されていたものだ。
ほかの国では魔法陣技術などがあまり広まっていなかったのか、ほぼ独占状態に近い感じになっていた。
また、魔装兵器などに兵器にも転用できるためにブリリア魔導国は日常品として使えるものを流通させるにとどめていたのだろう。
それらは兵器としては使えない。
魔法陣も暗号化されているので、市場に流しても解読されることはなく、東方では高級品として扱われていたのだ。
そこに食い入る形で参入したのがオリエント魔導組合だ。
魔法陣技術の基礎と暗号化の方法について、俺がアイに命じてオリエント国の都市にあるこの工房付きの邸宅で職人たちに情報を与えたのだ。
そして、その情報をもとに作り出された魔道具の数々。
それらは競い合うように職人同士で買い取り合い、それがいつしか商人たちも参入し、さらには投機のための品という位置づけになってしまっていた。
現在では魔道具の性能云々というよりは、買って置いておけばいずれさらに高値になって売れるものという感じで扱われている。
金貨一枚で買った魔道具がその数倍、あるいは十倍、さらには百倍、千倍なんて値段にもなる夢のある商品になっているのだ。
今、魔道具を買わない者は大馬鹿者であるとも言われる始末。
だが、あまりに高額になりすぎて最近では魔道具を買い付けることすら困難になることもあった。
なので、魔道具の購入権の分割購入なんていうよくわからない証文までもが取り扱いされていることになっているのだが。
もちろん、そんなのは異常だと思う。
いずれ、なんらかの限界がきてうまくいかなくなるだろ。
そう思うからこそ暴落を予想していたけれど、暴落を引き起こす原因がエンにあるとシオンは言った。
「もしかして、一時的な現金不足になる、とか? エンと交換するために鉄貨を回収しているのがきっかけになるのかな」
流通している既存のお金の消滅。
シオンのいうそれは、間違いなく鉄貨の回収だろうと思う。
鉄貨をバルカ教会に持っていけばエンと交換してくれる。
腕輪を使って取引できる便利なエンは、必要とあらば銀にも交換できるので身分問わず多くの人がバルカ教会に鉄貨を持ってきていた。
そして、そうして回収した鉄貨は新バルカ街にある俺のバルカ御殿に輸送され、エルちゃんたちの錬銀術で銀へと換えられる。
が、今のところ、その銀は保管が主で、ふたたび銀貨になったりはしていない。
つまり、もともと流通していた硬貨の数が減るということになるのか。
オリエント国で流通している硬貨はオリエント国が作ったものではない。
硬貨の信用という意味でも小国のものではなく、大国の硬貨が用いられてきた。
そして、それはオリエント国以外の小国も同様だ。
小国家群のたいていの国は強大な力を持つ大国が発行している硬貨を自国でも用いている。
なるほど。
エンはオリエント国に正式な貨幣として認められた。
オリエント国はエンを税として納めることを認めたし、必要があればエンを銀に換えるようにバルカ教会に言いつけることができると規定もできた。
だけど、ほかの小国は違うのか。
腕輪を通した取引は別にオリエント国内に限らずにできる。
なぜなら、その管理はアイが行っていて、アイはオリエント国の議長ではあるけれども、大元はカイザーヴァルキリーの中にある。
つまり、この地とは離れた場所からあらゆる土地でエンの管理を行っている。
そのために、取引場所を小さな国土であるオリエント国内に留める必要も、制限もないのだ。
ほかの小国で取引している商人たちもこれからはエンを使って商取引をするだろう。
だが、ほかの国々はエンを自国の税として回収する手段がない。
なぜなら、腕輪の魔道具は個々人の魔力に反応してエンを遠隔で管理しているのであって、実物である硬貨は存在しないのだから。
実体のない貨幣を税として回収できる国はオリエント国以外にはないというわけだ。
ならば、どうなるか。
なんとしてもお金を回収しようとするのではないだろうか。
現物の価値あるものとして、不足気味である硬貨を各国が集めようとする。
もしかしたら、そこで商人たちが投機対象として購入していた魔道具を現金化しようとして売ることになるのかもしれないな。
一つ売れば金貨にして数千枚になる魔道具が、一気に売りに出されるかもしれない。
そうなったら、どうなるだろうか。
売ろうとしても買い手がつかないことになりそうだと思った。
だって、よっぽどの大きな商会だったとしてもそんなにたくさんの金貨を払うのは大変だろうし。
売り手がいても買い手がつかない魔道具相場。
それを見て、さらに各国が硬貨での税の支払いを求めるならば、魔道具の安売りがされるかもしれない。
少しでも現金がほしいと、購入時よりも格安になってもいいからと現金を求める動きが出る。
それが悪循環をうみ、さらに値下げ圧力がかかる、とかかな?
本当にそうなるだろうか?
シオンの言うお金の消滅が原因というのが、今みたいな感じの流れで起こるのかはぶっちゃけよくわからない。
が、もしそうだったら、確かに夏から秋にかけて問題が噴出しそうだな。
その時期は稲の収穫があるからたいていの国が納税時期になるし。
とりあえず、今のうちに売れる分は売っておこう。
俺はシオンの教えてくれた占いを信じて自分の持っていた投機用の魔道具はさきに処分しておくことにしたのだった。
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