エンの普及
「結局は銀が担保になるのか。最初からアイの考えていたとおりになったな」
オリエント国議会がエンを正式な貨幣として認めるかどうかの問題。
それはエンの取り扱いについてアイが法案としてまとめたものを議会に提出し、それをたたき台にして話し合うことで一応の決着がついたようだ。
バルカ教会が信者にたいして渡す腕輪の新型。
それに取り付けられた取引機能で処理が行えるエンについて、正式に貨幣として認めることにした。
それはつまり、オリエント国に納める税の中にエンという項目が追加されたということでもある。
ただし、そのためには条件もつけられることになった。
その一つは情報の公開だ。
税として取り立てる以上、どこの誰がどれだけのエンを持っているかをオリエント国は把握しなければならない。
そのために、どれほどの資産を持っているかを国はいつでも知ることができると規定されたようだ。
これは結構波紋を呼んだ。
国としては管理しやすいから受け入れやすく、むしろ大歓迎だった。
が、商人としては自分の有り金が把握されるのを嫌がる傾向にあるらしく、クリスティナなんかは最後まで反対していた。
というか、議員のなかにも反対する者はいたみたいだ。
だが、最終的にはこれはこのように決定された。
また、ほかにも大きな決まりが出来上がった。
それは、エンの価値を保証するものとして銀を規定されたという点だ。
つまり、エンと銀はその価値が連動している。
エンは銀貨ではないものの、必要とあらばエンの量に応じた銀と交換できるようにして管理しておかなければならないというものだった。
議会がエンを認めた最大の理由はここにある。
つまり、もしも腕輪を通してエンを管理しているバルカ教会が無尽蔵にエンを発行した場合、オリエント国はバルカ教会にたいしてエンを銀に換えるよう要求できるのだ。
もしもその時にエンを銀に換えられないほどに大量に発行していた場合、国はエンの管理をすべてバルカ教会から取り上げることもできると規定された。
これにより、今後バルカ教会はエンを発行する際には保有する銀の量にあわせてやっていくこととなったわけだ。
こうしておくだけで、無秩序な乱造を抑制する効果があるのは間違いない。
だからこそ、オリエント国の議員たちはエンを認めたというわけだ。
普通ならば、こんな条件が付けばエンは存在価値を失うことになる。
だって、新興宗教でもあるバルカ教会がそんなに銀を持っているはずはないからだ。
銀の保有量が少なければ、当然発行されるエンの量も絞られてしまう。
そうするとどうなるか。
エンは極小人数しかもたない貨幣となり、それを使った取引はあまり行われない流動性の低いものとなってしまう。
こういうのは、みんなが使うから意味がある。
誰が持っているかもわからない、ほとんどの人がエンを持たない状況であれば、たとえそれがどれほど便利だろうとも流行らないだろう。
つまりは新しい貨幣であるエンは登場したもののいまひとつパッとせず、いつしか消えていくお金になってしまう。
だが、バナージたちは知らなかった。
バルカ教会、というよりは新バルカ街で銀を作る手段が存在することに。
それは冬の間に俺たちが生きたまま連れ帰ったエルちゃんシリーズと呼ばれる白の犬人たちだ。
こいつらはその後、新バルカ街での生活に少しずつ慣れ始め、そして与えられた食事を食べる前には必ず鉄を銀に換えさせられている。
つまり、毎日新バルカ街の中心地であるバルカ御殿では銀が積み上げられていく状況だったのだ。
このおかげで、ある程度のエンを発行するめどは立っている。
少なくとも、立ち上げすぐに存在感を消して自然消滅することはないはずだ。
「けど、考えたね。まさか、こんな身近に鉄鉱山があるとは思わなかったよ。っていうか、バルカ教会はちゃんと対応できているかな、ハンナ?」
「な、なんとか……。ただ、みんながみんな、押し寄せるように持ってきてくれるのでちょっと大変すぎますよ、アルフォンス様」
「文句ならアイに言ってね。俺は知らん」
エルちゃんたちの錬銀術で銀は作れる。
が、そのためにはどうしても必要なものがあった。
それは鉄だ。
白犬人たちの魔術の特性として、鉄がなければ銀は作れないからだ。
だからこそ、俺は鉄を手に入れるために鉄鉱山のある場所を手に入れようとアイに行ったのだけど、その必要はないと言われてしまった。
そして、その代わりにアイが用意したのは鉄の入手方法だ。
それはひどく簡単な方法だった。
民衆に自ら鉄を持ってこさせるという方法だったのだ。
つまり、アイがした鉄の確保の仕方はこうだ。
バルカ教会に鉄を持ってきたら、それをエンに換えると言ったのだ。
この効果は大きかった。
なぜなら、オリエント国内で流通している硬貨には鉄貨というものもあったからだ。
金貨や銀貨の下位に位置する鉄の硬貨。
その鉄貨を持ってバルカ教会に行くとエンに換えてもらえる。
そして、そのエンは必要があれば銀にも交換可能だ。
それを聞いた民衆はまさに錬銀術を想像しただろう。
バルカ教会に鉄貨を持っていくだけで銀が手に入る。
すぐさま、鉄が大量に集まった。
鉄鉱山なんていらなかったみたいだな。
オリエント国内の教会から集められた鉄貨をエルちゃんたちに渡して銀へと換える。
その銀の量からエンを発行するのだが、うまく計算してやっているようで、こちらには損害も出ていない。
なぜなら、その鉄貨からどの程度の銀が採れるかなんて、バルカ御殿に入らない限り知りようもないのだから。
実際に鉄貨から作られる銀よりも発行するエンのほうが額が低く設定してあるようで、けれど民衆にとってみれば得をしている状況が出来上がった。
これにより、バルカ教会で新しくなった腕輪を手に入れた者たちはこぞって鉄貨を持ち寄り、エンに換えていった。
そして、そのエンを銀にすることもできるが、そのままでも取引できる。
むしろ、銀の現物を手元に置いておくよりもエンとして腕輪で管理しておいたほうが安全性が高いと知れ渡ると、だんだんとエンを日常での取引でも使い始めたのだ。
こうして、オリエント国では順調にエンが普及し始めたのだった。
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