お金の管理
「本当に次から次へと新しいことを考えるものでござるな。それで、新しくアイ殿やアルフォンス殿が作ったエンという貨幣をオリエント国内でも使えるようにしたい、ということでござるか」
「そういうことです。準備自体は進んでいます。けど、最後に大切なのは新しく作ったエンを、オリエント国が認める、というのが重要なんですよ、バナージ殿。このエンは実際には現物である硬貨がないお金ですからね。どうしても信用ってのが必要になるんです」
「それはそうでござろう。いくら、エンを使って取引できたところでそれがいつ無価値になるかわからないのでは話にならないのでござるよ。しかし、それならバルカ教会でエンを取り扱うというのはちと問題ではござらぬか?」
「駄目ですか?」
「当然でござろう。オリエント国がエンを正式な通貨として認めるということは、それで税が支払われるということにつながるのでござる。発行元が国ではないというのは問題でござるよ」
ガリウスが作り、クリスティナによる改善点の指摘。
それらによって、より完成度の増した腕輪を今度はバナージのところへと持っていった。
この腕輪を使った取引を成立させるためには、事前の根回しはどうしてもいるだろう。
便利だからすぐに許可を出すかと思っていたが、どうやらバナージとしては問題があるという考えだった。
それは、エンが貨幣として使われる場合の国への影響が関係していた。
お金による国への影響というのは、つまりは税のことだ。
ようするに、当たり前だがエンが正式なお金であるというのであればオリエント国はエンを使っての納税を認めることになるのだ。
もしも、そのエンが国以外の人間の手によってめちゃくちゃな作られ方をされたら困るということだろう。
まあ、その指摘はもっともだ。
というか、造幣問題でも基本中の基本だろうしな。
それは現物である硬貨でも同じことだ。
たとえば、金貨や銀貨がある。
それらは、金や銀といった貴金属の価値があるからこそ認められているというのはある。
が、それもきちんとした管理体制があってこその話だ。
たとえば、金や銀の含有量や硬貨の大きさなどが統一されていないと話にならない。
もしも、同じ大きさの硬貨でも中に含まれる金や銀が少なければ問題となるのは誰にだって分かることだろう。
それを管理するのは国の責任でもある。
いわゆる贋金対策ともいうだろうか。
どこかの鉱山で金鉱脈や銀鉱脈が見つかっても、そこからとれる金属で勝手にお金を作ったら罪に問われることになる。
規格化された硬貨を作り、管理するのは国だけであり、その国の管轄以外で密造した場合にはそれを力づくでやめさせることも当たり前に行われる。
なぜなら、そうしなければ貴金属の割合が低いお金ばかりが出回ってしまうことになるからだ。
そこで、エンはどうなのかという問題が生まれる。
実際に硬貨を作らずに、腕輪の中のみでやり取りされるお金。
だが、そのお金はどこから生まれるのかというところもあるのかもしれない。
たとえばだけど、バルカ教会がいきなり金貨数億枚のエンを発行するかもしれない。
あるいは、一エンが数万枚の金貨に相当する、などとそれまでとの交換比率を大幅に変えたりするかもしれない。
そうなった場合、貨幣の価値は一気に無くなる可能性も当然ある。
なので、エンを管理するのはバルカ教会ではなくオリエント国がやるべきだという意見だった。
「駄目みたいです」
「……は? なにが駄目なのでござるか?」
「エンの管理はバルカ教会、っていうよりもアイがやるって言われたんですよ。俺もアイに言ったんですよね。エンの管理を俺がするって。じゃあ、駄目だって言われました」
「いや、それは当たり前でござろう。アルフォンス殿がやるなんて絶対反対でござるよ。けれど、国が責任をもってやるならアイ殿も許可を出すのではござらんか?」
「それも多分却下されますよ。だって、結局は同じでしょう? 俺が管理しようが国が管理しようが、急に大金を使いたくなった時に管理者が無茶苦茶な量のエンを発行しようとするかもしれないじゃないですか。たとえば、戦争をするからお金がほしい。じゃあ、エンを発行しようって言いだしたら危険でしょ。なんていったって、実体のないお金なんで生み出すのに必要なものなんてないですから。なんで、エンの価値を守るためにはお金の管理は厳重にやる必要があるってことらしいです」
「……バルカ教会は中立だというのでござるか?」
「まあ、神様の管理ってことなんじゃないですか? っていうか、実際にはアイが管理するんですけどね。そういう意味ではアイは誰よりも中立だと思いますよ。国の家計が苦しくなったからって変なことをしないのは保証できます。オリエント国議会の議長という立場とは関係なく完璧な仕事をしてくれるはずです」
「うーむ。そうはいっても、それが本当かは誰にもわからないではござらんか」
「だから、近いうちに法案をまとめるって言っていました。エンをどういうふうに管理していくかを細かく規定して、そのとおりに管理を行う。もしも、後々にそれを違う管理方法にするなら、その都度、法案を出すってことだと思います」
「法案でござるか。分かったでござる。ひとまずはそれを見てみての判断となるでござるな。その法案作りには拙者やほかの議員も当然混ぜてもらうでござるよ。さすがに、税に関することをいくらんでもアイ殿一人に任せっきりにするわけにはいかないでござるからな」
やっぱりいろんな人の意見を聞くものだな。
技術のガリウスやお金の安全性に気をかけていたクリスティナとはまた違う意見がバナージから出た。
だれがお金を管理するのか。
バナージと話していて感じたのは、俺のように自分がやりたいというよりは、きちんとした管理体制がなければ貨幣としては認められないという至極まっとうなものだった。
普段から外交なんかの仕事が多いし、そういうのは特に気になるんだろう。
小さい国が自分の国の通貨を作っても失敗する最大の原因が贋金だって聞くしな。
ただ、そのへんのことも問題ない。
ぶっちゃけ、アイほどに中立的に、機械的に処理を行う存在はないからだ。
国を含めたあらゆる組織からの影響に左右されずに、エンの価値を守る管理体制を構築する。
そんなことができるのは、アイ以外にいないと断言できる。
だからこそ、バナージやほかの議員にはそれが納得できるまでアイと話し合ってもらおうか。
まあ、最終的には議会に影響力の大きいバルカ党によって法案は通るだろうけれど、それでもバナージたちの意見はアイにとっても貴重なはずだし。
その後は、アイとオリエント議会で新貨幣であるエンについての法案がまとめられていった。
冬が終わるまで、毎日のように議会では激論が交わされたのだった。
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