エン
「いいわね、これ。すごくいいわよ、アルフォンス君。この腕輪があれば商売がしやすくなるっていう人も大勢いると思うわ」
「でしょ? ただ、ガリウスからの伝言で、実際に商人の目から見ての使い勝手も聞きたいってさ。金額を表示させられるようにはしたけど、そんな感じでの表示でいいのか、あるいは、操作性はどうだとかって感想を聞いておいてって言われたよ」
「うーん。そうね。とりあえず気になるのは、安全性ってことかしら?」
「安全性? お金の安全ってことだよね?」
「そうね。いえ、それだけじゃないわ。たとえばだけど、この腕輪をつけていて大金を所有している人がいるでしょう? そういう人が腕輪を盗まれたらどうなるのかしら? 多分、一番聞かれることになる質問だと思うわ」
ガリウスが作り上げた新しい腕輪。
その腕輪をもともと商人であったクリスティナに見せて感想を聞かせてもらう。
すると、すぐに質問が飛んできた。
やっぱり、実際に使うところを想像したら、いろいろと気になるところがあるみたいだ。
「腕輪はそれを装着している人の魔力に反応している。だから、その人の腕輪をもしも別の人が奪い取っても、別人が腕輪を操作しようとした時点でその別人の所持金が表示されるにすぎない。つまり、腕輪の盗難は意味がないことになるね」
「なるほど。そういえば、どうやっているのか知らないけれど個人の認識もできるんだったわね。じゃあ、もしも脅されたら? 体を痛めつけられて、この石ころ一つを超高額で買い取れと言われたりしたらどうかしら? その場合、相手を暴力で脅しつけて奪い取ることもできるんじゃないかしら?」
「ああ、そういうこともあるかもしれないね。そうだね。そういう場合はどうするのがいいのかな、アイ?」
やはりというか、なんと言うか、さすが商人目線の意見だな。
俺なんかだと、この腕輪がどれだけ便利なのかに注目していた。
けれど、クリスティナのような商人からすると、いかに自分や、自分のお金が守られているかが気になるんだろう。
俺のかわりに対策を答えているアイにたいして、そういう質問を次々とぶつけていく。
ぶっちゃけ、力で奪われるのは腕輪であろうが硬貨であろうが同じじゃないかと思ってしまう。
大量の硬貨を所持している者がそれを盗まれるのも、腕輪を盗まれるのも、暴力で奪い取られるのも同じだ。
自分で守れないほうが悪い。
が、アイはちゃんと考えていたようだ。
バルカ教会で指定の手続きを行えば、一定の期間内でやり取りできる金額の上限を設定できたり、商取引には使えずに保管するためだけの金額設定も出来たりと説明していた。
なるほど。
これは、最近、フォンターナ連合王国でのバルカ銀行の業務をアイが担っているということも関係しているのかもしれない。
空の上にある天空王国は腕輪を通しての買い物が可能だ。
だが、地上ではそうじゃない。
フォンターナ連合王国内では今でもバルカ銀貨などの硬貨を使って商売をしていた。
しかし、最近はそちらでも変化があるのだ。
聖光教会に神の巫女たるアイが派遣され、そこでバルカ銀行支店を開いているらしい。
そのため、フォンターナ連合王国内では各地にある教会で自分のお金を引き出せたりするのだそうだ。
そっちでは、通帳とかいう紙の束でも金額把握していたりするみたいだけど。
当然、天空王国よりも地上のほうが犯罪率が高い。
なので、それにあわせてお金を守る対策が充実しているのだそうだ。
ひとしきりアイに質問をしたクリスティナは満足そうに頷いてこちらを見た。
「私から聞きたいのは今のところこれくらいかしら。あとは実際に使ってみてだけど、話を聞く限りではよく考えられていると思うわ。細かな問題は出てくるかもしれないけれど、いけると思う」
「やった。クリスティナにそう言ってもらえるなら大丈夫そうだね」
「新しいお金の単位はエンっていうのね?」
「うん。この新しい貨幣は基本的にアイが管理して、その手続きはバルカ教会で行うつもりなんだ。けど、それだとオリエント国の人間からすると受け入れにくいかもしれないでしょ? バルカ教会の関係者だけの内輪のお金になっても困るから、オリエントから一部の文字をもらってエンって単位にしてみた。ちなみに発案はハンナね」
「そう。ハンナちゃんも考えたわね。たしかに、今まで見てきた現物のお金じゃない分、少しでも身近に感じられるほうがいいかもしれないわね。なら、最初は腕輪を商人関係に優先して回してもらえないかしら? 数が少ないうちは取引回数の多い人に優先的に使わせていったほうがいいと思うの」
「ま、それが現実的だろうね。こういうのは、どんないい機能がついているかも大事だけど、多分誰が使っているかってのも重要だと思うからね。人気があって知名度の高い人に渡して、『便利で使いやすいよ』とか『みんなも使いなよ』って宣伝してもらうようにしてもいいかもしれないね」
「あら、アルフォンス君もいい考えを出してくるわね。分かったわ。それなら、私のほうでもそういう人を探して、宣伝してくれるように頼んでみるわ」
「ありがとう。なら、ある程度、数がそろったら実際に使っていってみようか」
こうして、クリスティナとの話し合いもまとまった。
ガリウスやその弟子たち、そしてオリエント魔導組合で大急ぎで作られた新しい腕輪。
それを実際に運用してための準備を次々と進めていったのだった。
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