魔物の血
「うーん、氷熊から血を吸ったけど、魔術は手に入らない、か」
雪崩に遭遇しつつも、その先を進み続け、何度も魔物と戦った。
そのなかで、俺がひそかに期待していたこと。
それは、魔物が使う魔術が手に入らないだろうか、というものだった。
真っ白な体毛を持ち、大柄でありつつも丈夫な毛皮で覆われて素早く動く氷熊。
それだけでも氷熊はもちろん強い。
が、こいつが危険なのは身体能力の高さだけではない。
魔法、あるいは魔術が使えるからだ。
氷熊は口から氷の塊を飛ばす魔術を使う。
最初に見た時には驚いた。
高速で動き回る大きな体から、いきなり遠距離攻撃をしてきたのだから。
多分、フォンターナ家の【氷槍】よりも攻撃力が高いんじゃないだろうか。
先の尖った氷柱を飛ばす攻撃魔法である【氷槍】。
その氷の槍よりもはるかに大きな氷の塊が飛んでくるのだから、恐ろしい。
足場の悪いこの雪山での攻撃魔法は脅威以外のなにものでもなかったからだ。
だが、これは使えるんじゃないかと思った。
倒した氷熊の体に魔剣ノルンを突き立てて血を吸い取る。
ノルンは氷熊の体からも血を吸ってくれた。
吸うことができた。
なので、俺も口から氷の塊を飛ばすことができるようになれるのではないか、と思ったのだが、そうはいかなかった。
どうやら、血の吸収はできるけれど、効率が良くないみたいだ。
まあ、もともと人間だった俺が熊の化け物である魔物とは全然血の質が違うからだろう。
氷熊から血を吸ったところで魔法や魔術が手に入ることはなく、魔力も少ししか増えなかった。
むしろ、それなら【いただきます】をして氷熊の肉でも食べたほうが、体に魔力を取り込めるのではないかと思ったくらいだ。
どうにも、そうそううまい話というのはないみたいだ。
「まあ、ヴァルキリーのときにもそうだったし、予想の範囲内ではあるか。あんまりがっかりはしていないかな?」
それでも、検証のために何度か倒した魔物たちの体から血を吸い取って確かめていた。
その結果として、魔物からの血では新たな力を手に入れられないと判断した。
実は、それ以前にも人間以外からの血で自分を強化できないだろうかとは考えていたのだ。
だが、それは実現しなかった。
そのときは、ヴァルキリーの血を吸ったのだ。
新しく数を増やすことに成功し、そして俺が【回復】を使えるようになったことで試してみたことだった。
ほかの誰に魔剣を突き立てても心は痛まないが、さすがにヴァルキリーにそれをするのはきついものがあった。
が、それでも試しておくべきだと思って実行したのだ。
魔剣ノルンがヴァルキリーの血を吸うことで、角ありヴァルキリーが使える魔法を俺が使えるようになるのか、ということを。
といっても、試すだけだけど。
角ありヴァルキリーの使える魔法は数が多く、便利なものもあれば、攻撃性能の高いものもたくさんある。
それを俺が使えるようになるということは、俺が名付けをした者たちにも使えるということになってしまう。
さすがにそうなったら、今よりもさらに社会が混乱することだろう。
なので、もしできたとしてもすぐにその血をヴァルキリーに戻すと決めていたのだ。
だけど、それはできず、魔力もたいして増えなかった。
そういう前例があったからこそ、人間以外の血では上手く力を吸血できないのではないかと考えたわけだ。
「ってことは、アイの狙いは魔物の血ってわけじゃないか。まあ、最初からそんなことは言っていなかったけど」
氷熊以外にも、ここらの山には四手氷猿といった魔物がいる。
こいつも魔法を使って、四本ある腕で氷を飛ばしてくる強敵だ。
どいつもこいつも雪の中では視認しづらく、そのくせ攻撃力も防御力もあるので厄介だった。
ぶっちゃけ、騎兵隊として連れてきた兵はほとんど役には立っていない。
ここまで無事でいられるのは、俺が【回復】を使えることと、イアンの強さ、そしてワルキューレやヴァルキリーの存在があるからこそだった。
そんな中でも活躍していたのがアイだ。
この雪山の中でもいつもと変わらないような服装をしつつ、その手には魔銃を持っている。
発射音すらしないその魔銃から魔弾を飛ばし、現れた魔物の体に存在する急所を的確に撃ち抜く。
イアンが力で魔物と対抗しているのに対して、アイは魔法を使おうとした相手を静かに倒し続けるという別の強さを見せていた。
騎兵隊のなかでもアイのことをよく知らない奴は多く、まさか議会で議長をしている者がこんなに強いとは思いもしていなかったかもしれないな。
そのアイがわざわざこんなところまで来ようと言ったのは、俺に魔物の血を吸わせるためでもなければ、倒して素材を得るためでもない。
まさしくその魔物そのものに価値があるということになる。
「この先です、アルフォンス様。ここを越えた先に群れを作っています」
そして、ようやくその魔物のところにまでたどり着いたようだ。
アイの言葉を聞いて、全員が魔物を捕獲するための準備に取り掛かったのだった。
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