大雪山の洗礼
「これが大雪山か。本当にすごいところだな」
ワルキューレに騎乗して山を越える。
深々と雪が降り積もる山のなかでそんな感想を呟いてしまった。
次の瞬間には口の中から極寒の冷気が体に入り込む。
慌てて顔の下半分も覆うよう毛皮の頭巾を引っ張った。
寒い。
小さな吸氷石程度ではなんとか耐えられるくらいにしかなっていない。
正直に言って大雪山を舐めていたと思う。
アルス兄さんは数千の軍勢を率いて山を越えたというし、グランやタナトスといった者たちも自力でこの山を越えて西までたどり着いていたからだ。
ほかの人ができたのなら、自分もできる。
そう思っていたけれど、これはかなり難しそうだ。
もしどうしても山を越えたければ春から夏にかけてのほうがまだもう少しだけ条件がいいのかもしれない。
バイデンいわく、夏でも関係なく死ぬそうだけど。
「タナトスのやつはこんなところを越えていったのか。凄いな」
「本当だよね。しかも、寒さだけが問題じゃない。ここは魔物がいるってんだから余計にたちが悪いよな」
「いや、それはどうだろうな。ある意味、魔物がいること自体は山を越えるにはいいのかもしれん」
「え、そうかな? 何でそう思うの、イアン?」
「食料だ。こんな年中雪が積もっているところでは、きっと食べるものなどろくに手に入らないだろう。そんな中で動ける魔物がいるなら、俺ならばそいつを倒して食らう」
「ああ、なるほどね。魔物は敵っていうよりも食料に見えるわけだ。アトモスの戦士であればそうなのかもしれないな。けど、もう巨人化はしないようにな。次は俺たちが死ぬかもしれないし」
口を覆いながらもそばを進んでいるイアンと話をする。
俺と同じようにイアンもこの大雪山の環境に改めて感じるところがあるようだ。
そして、イアンの仲間でもあるタナトスがこの山を越えてアルス兄さんに会うまでのことを考えていたらしい。
この死の山と呼ばれる場所を越えることができたのは、魔物がいたからこそだ、という。
それは確かにそうなのかもしれないな。
タナトスならば、ここに出てくる魔物も倒すことができるだろう。
で、そんな魔物の皮をはぎ取って身をくるみ、肉を食べて、血をすする。
そうすることができたからこそ、きっと山を越えられたんだろう。
この山に入ってしばらく進んだところで、俺たちも魔物と遭遇した。
氷熊とかいう魔物だ。
そのまんま、山にいる熊なのだが、まず体が大きい。
そのくせ、動きは遅くはなく、むしろ速い。
しかも、体毛が白くて遠くにいる間は見つけにくいときていた。
そんな氷熊に近くまで接近を許してしまい、そして攻撃を受けた。
回避できたのはヴァルキリーたちのおかげだろう。
隊列の後ろのほうにいた兵が襲われたが、いち早く気が付いたヴァルキリーが攻撃を避け、そしてイアンがそいつの相手をすることになったのだ。
寒いことは寒いが、我慢はできる。
なので、イアンは騎乗していたヴァルキリーから飛び降りて、氷熊の前に立ち、巨人化した。
イアンも大きければ、氷熊も大きい。
そんな巨体同士が力の限りぶつかり、そして、イアンが雄たけびを上げた。
『ウォオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ』
巨人化する際にいつも叫ぶ。
だから、これはイアンにとってはいつものことだった。
が、こんな雪山でそんな大声をあげるとどうなるか。
騎兵隊に所属していたバリアント出身の兵が慌てた。
そして、俺に進言する。
すぐに逃げるべきだ、と。
どうやら、雪山で大きな音や衝撃を発生させると非常にまずいことになるらしい。
雪崩、という現象が起きるのだ。
池の水に向かって石を投げいれれば、そこから水は波となって広がっていく。
それと似たことが雪山でも起こるらしい。
もっとも、大声を発生したイアンのいる場所ではなく、その現象はもっと山の上のほうで発生したみたいだけれど。
山の上で雪が崩れ落ち、そして、その雪が塊となって斜面を滑り落ちるようにしてさらに大きなうねりとなる。
イアンが氷熊を倒し切る前に、その雪の総崩れが俺たちに襲い掛かったのだ。
逃げる時間なんてなかった。
というか、逃げ切れる場所なんて存在しなかったのだから。
大きく広がった雪の波は山の斜面全体に及んでいたからだ。
生き残ることができたのは、ワルキューレがいたからだ。
俺のそばにいたアイが、ワルキューレに向かって命じたのだ。
壁を作れ、と。
そして、それを聞いたワルキューレが即座に【壁建築】を使った。
雪崩が直撃するまでのわずかな時間のなかで、俺たちを守るだけの壁を。
ワルキューレがいなければ、多分助からなかったんじゃないだろうか。
人間だと地面に手を付けなければ【壁建築】が発動しないけれど、ワルキューレならば四本の足が常に地面についているおかげですぐに魔法を発動できたからだ。
何枚も壁を作り、その壁の後ろにワルキューレとヴァルキリーたちが入り込む。
そして、そこに雪崩が直撃した。
どうやら、その勢いを少しでも減らすように斜めに作っていたらしい。
おかげで、壁ごと押し流されることはなく、なんとか生き埋めになる程度で済んだ。
頭上からこんもりと雪をかぶり、それでも死ななかったのは吸氷石と毛皮の外套、そして、暖かいヴァルキリーたちがいたからだ。
そんなこんなで、なんとか雪崩にあいつつも俺たちは生き残った。
そこでようやく全員が気を引き締めたというわけだ。
ついてきていた兵は俺が自信満々だったからきっと大丈夫なんだろうと油断していたしな。
だが、実際は油断が即座に死に直結すると誰もが理解できた。
とりあえずは、イアンは巨人化はなしだ。
あれをするときはいつも叫んでいるし、もし次に雪崩が起きた場合、全員が無事でいられる保証はないし。
そんなふうに死の山と呼ばれる大雪山の洗礼を受けつつ、それでも俺たちは先に進んでいったのだった。
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