法整備
オリエント国の議会にて、議長を務めるアイ・リード。
その存在感は日に日に増していっていた。
本来、議長というのは重要な役職ではあれども、絶対的な存在ではない。
あくまでも、オリエント国内にある議会という場で議員が話し合い、国の行く末を決めるからだ。
議員となることができる者は選挙によって選ばれるが、投票権があるのはオリエントという都市国家の一級市民だけであるし、当選できるのももともと実家がとんでもなく太い者たちばかりだ。
つまり、議員一人ひとりが国民に多大な影響を与えることができる大物であるともいえる。
そんな議員をまとめるとは言いつつも、実際のこれまでの議長というのは議会の方向性を誘導したりする進行役みたいなものだったのだ。
だが、それをアイは変えてしまった。
議員がどれほど力を持っていようとも、定められた法に従う必要がある。
アイがまず行ったのは、この法の整備だった。
既存の法というのは、これまで誰一人としてすべてを把握できていないとも言われていたらしい。
というのも、オリエント国の長い歴史の中で、その時々で議員たちが必要だと思った法を作っていっていたからだ。
そして、その時々で作り出した限定的な条件でのみしか発動しないような法であっても、それを打ち消すための法が制定されない限りは有効であるとして残り続ける。
そのうえで、オリエント国の法体制は前例主義だったので、頑張って探せばいくらでも自分に有利な法を見つけて適用させることもできれば、その逆もあったわけだ。
なので、オリエント国で法を使って身の潔白を認めさせたり、あるいは相手を裁くためには自らがその時に適する法を探し出す必要がある。
それは議会でも裁判でも同じだった。
ようするに基本的に知識がある者が有利だというわけだ。
大きな家や歴史ある家はそういう知識を勉強した専門の者もいるのだそうで、しかし、それでもすべての法を把握できている者はいなかった。
まあ、そんな意味の分からない仕組みだからこそ、この国出身でもない俺が護民官になれたり、国防長官になれたわけだけど。
ただ、それをいつまでもよしとしなかった。
アイは議会で法整備の必要性を訴え、そして矛盾点をつらつらと羅列し続けたのだそうだ。
あらゆる時代で制定された、ほぼ忘れられているような法の問題点を指摘し続けるアイに議員たちは弱り切った。
無視することはできない。
なぜならば、その問題点の指摘で多くの議員が罪を問われかねないような内容も含まれていたからだ。
いわゆる、汚職や不正というやつだろうか。
この場合には議員を罪に問えて、議員としての資格をはく奪できる。
そんな指摘をアイがしていくのだ。
その中で罪に問われないのはバルカ党の議員くらいだろうか。
それは別に品行方正だったわけではなく、ただ単に議員歴が短いからというだけで罪に問われるようなことをする機会が少なかっただけなのだが。
普通ならば、新しく就任した議長がそんなことを言い出したら、議長の座から引きずり降ろされるだろう。
なんせ、実質的にこの国を動かしてきていたのはこれまでの議員たちだからだ。
いくら議長になれる者が暗黙の了解で限られていたとしても、身内からも反発が出るはずだ。
だが、アイに対しては議員たちもそう強気には出られなかった。
アイの背後に軍を手中に収めた俺がいたし、そもそも、アイが議長になる直前に多くの有力議員が命を落としていたからだ。
その事件そのものは教国の関与が指摘されていたが、別の存在の手によるものである可能性も頭をよぎる。
というわけで、大きく抵抗できなかった。
もちろん、アイも議員たちの不正を指摘して、罪に問おうとしていたわけではない。
あくまでもこれは法の側に問題があるのだと言いたかったからだ。
なので、法整備の必要を説いた際には遡及しないことを言及していたのだ。
つまり、今、法を整備すれば現時点で不正に該当する案件があったとしても罪に問われないということになる。
このことに、議員たちは安堵し、飛びついた。
ここで軍を味方につけた議長に歯向かうよりも、確かに矛盾だらけの法を整理したほうが自分たちのためにもなるからだ。
というわけで、アイによる法整備が行われることとなった。
普通ならばとんでもなく時間がかかることだろう。
膨大な記録を見つけ出し、それをまとめて、照合する必要があるからだ。
だが、それはかなりの短期間で法案がまとめられることとなった。
各家にある記録を全てアイ自身が閲覧したからだ。
もともと、賢人たちによる知識を集め、その情報を検証するのがアイという存在だからな。
情報の整理なんてものは、得意中の得意だった。
あらゆる過去の法を全て書き出し、そのうえで重複する部分をまとめ、後年になって前例を打ち消す法が作られたものについては注釈を書いたうえで消去し、矛盾点が少なくなるようなものに編纂された。
アイいわく、どうしても矛盾を完全に無くすことはできなかったらしい。
ただ、天空王国やリード領の法なども参照し、ある程度矛盾点を内包しつつも現実的に問題なく運用可能なものになったと言っている。
アイがまとめたこの新法は議会に提出され、そして認められた。
反論があれば聞くとアイが言ったが、議会で疑問点を発言した議員にたいして即座にその説明をつらつらと話すことを幾度か繰り返した結果、だれもがこの法の有用性を認めざるを得なかったみたいだ。
というか、これに駄目だしするなら自分で法をまとめて議会に提出する必要がある。
が、そんなことは現実的にできないくらい難しいというのは誰の目にも明らかだった。
こうして、戦が終わって俺が川の付け替え工事をしている間にオリエント国は今まで以上に法によって支配された国に変わることになった。
いいのかな、と他人事のように思ってしまった。
だって、これによって前例ができてしまったのだから。
議長であるアイが国の法を全て書き換える、という前代未聞の前例が誕生したことになるんじゃないだろうかと思ってしまったのだった。
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