赤い視界
「な、なにが? いったいこれは……」
唐突に視界が赤く染まりました。
何事か分からない突然の異常事態に緊張が走ります。
それは私以外も同じでしょう。
急に目の前が見え無くなれば誰だって焦ります。
周囲は混乱し始めてしまいました。
「動くな。動くと死ぬぞ」
そこで声が上がります。
これはキク殿でしょうか?
まだ若いですが、よく通る声で安心感を与えるものでした。
これは助かったでしょうか。
この視界不良の状態がどのくらいの範囲で人に影響を与えるかはわかりません。
ですが、もし周囲の者に混乱が広がって逃げ惑うような行動になってしまえば非常にまずかったはずです。
人が人を押し倒すような状況になれば、味方同士で命を奪うことになったかもしれないからです。
もしかして、これがバルカ殿の作戦なのでしょうか?
この視界不良状態がはっきりとバルカ殿の仕業であるとは断定できませんが、赤い色ということはその可能性が高いでしょう。
周囲を混乱させて相手に身動きを取りにくくさせるという可能性はどうでしょうか。
いえ、その程度の小細工に今更頼ったりはしないでしょうか。
そのくらいで倒せる相手であれば、すでにバルカ殿はセシルを打倒しているでしょう。
けれど、そうはなっていません。
ほかの一般兵が混乱して動く程度では動じないでしょう。
それにしても、これは本当になんなのでしょうね。
赤く染まった視界。
別にまぶしいわけでもないので赤く光っているというわけではなさそうです。
というか、私の服が少し湿ってきているのを感じたので、もしかしてこれは液体なのでしょうか。
ということは、もしかしてこれも血なのですか。
普通の血液ではなく、霧状の血なのかもしれませんね。
二人の攻防で落ちた赤い物体がありましたが、あれがバルカ殿の血の鎧だとすればそれが煙のように立ち上って霧となって漂っているということになるでしょうか。
なんというか、不思議な技を使うのですね、バルカ殿は。
血液を操って剣を作ったり鎧を作ったり、そして血の霧を出したりする。
「こざかしい」
そこに、ふたたび声が上がりました。
今度はキク殿の声ではありません。
セシルの声でしょう。
その声とともに、ドゴンと大きな音が響き、地面が揺れます。
風が舞い、体が大きく揺れてしまいました。
どうやら、大剣を地面に叩きつけたようです。
たったそれだけ。
普通ならばそんなことをすれば武器が傷んでしまうことでしょう。
けれど、大剣は健在で、その大剣が叩きつけられた地面は周囲一帯に亀裂を走らせながら陥没させ、そして付近の血の霧を吹き飛ばしていました。
今の力が上がったセシルにとっては、霧を払うくらいはどうということもないようです。
「どうやら、もはや打つ手はないようだな。こちらの視界を塞いで隙をつきたかったのだろうが、無駄なことだ。諦めたらどうだ?」
真っ白な鎧を身に纏い、威風堂々としたセシルが大剣を前に向けて言い放ちます。
その大剣のむけられた先にはバルカ殿がいました。
その姿は先ほどまでとは大きく様変わりしています。
あの赤い鎧姿ではなくなっていたのです。
黒い革鎧。
血でできた赤い鎧と比べると体を覆う面積が少ない状態で、これまた赤馬が鎧なしの姿で立っていました。
一応、鮮血の剣は持っています。
どうも、あの剣だけが残ったみたいですね。
これは、セシルによる攻撃を受けすぎて、血を鎧化できなくなってしまったということなのでしょうか。
そのために、鎧として使っていた血がその形を保てなくなって霧状に散らばってしまったのかもしれません。
ということは、先ほどの光景はバルカ殿が反撃のために行ったのではないということになるでしょう。
だというのに、バルカ殿の顔に悲壮感はありません。
全身を覆う鎧姿のときにはあの少年の顔が見えませんでしたが、今はしっかりと見えています。
その顔は笑っていました。
鎧という最大の守りを剥がされてしまったのに、まるで余裕を感じさせるいい笑顔です。
「ここにきて虚勢を張って笑うことができるというのはお前が強い証拠だろうな。だが、相手が悪かった。俺ではなければお前はぺリア軍の誰と戦っても勝てただろう。が、もう終わりだ。貴様の命はここでもらい受けるぞ、アルフォンス・バルカ」
「……終わりなのはそっちだよ」
「なに? ……ふむ。まだ、自分が負けることを認めることができない、か。幼いときには俺もそうだったのかもしれん。が、ここは戦場だ。いくら幼いとはいえ、軍を率いてここまで来た相手にはそれにふさわしい引導を渡してやろう」
お互いが勝利を宣言し合う。
見ている分にはどう考えても【雷光】の騎士セシルの勝利に見えます。
セシルはまだ傷一つなく、対するバルカ殿は鎧を失っているのですから。
そして、引導を渡すという言葉とともにセシルが再び動きました。
強化された身体機能を駆使して、地面に大穴を開けた地点から赤馬にまたがるバルカ殿に雷光のように駆け寄ったその時でした。
セシルの体がバルカ殿のもとにたどり着くまでに倒れたのです。
……なにが起きたのか分かりません。
この戦いは本当に私の認識が追い付かなくて困ります。
ただ、分かることは一つだけ。
雷光のように駆けたはずのセシルの体には赤い矢のような、あるいは槍のようなものが多数突き立てられていました。
そして、そのまま、バルカ殿のもとへとたどり着くことなく地面に横たわっていたのでした。
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