蓄積
「セシルの持つ鎧と大剣の力は【蓄積】というんですか? それはいったい、どういうものなんでしょうか、ヘンドリクセン殿?」
「先ほどから何度も言っているように、あくまでも噂にすぎません。それでも良ければ説明しましょうか、ゼン殿」
「お願いします」
「分かりました。セシルの持つ鎧と大剣は双方ともに迷宮で力を得た武具ではないかと言われています。そして、その力を戦場で垣間見た者たちが噂をするには、それは力を貯める異能なのではないかというものでした。そのため、【蓄積】という力ではないかと言われているのです」
「力を貯める、か。もしかしたら、魔石みたいに魔力をため込んでおけるとかですかね? そうすれば、普段からあの鎧や大剣に魔力を集めておけるし、戦いのときに使えるかもしれませんし」
「……どうでしょうか。個人的にはちょっと違うのではないかと思います」
バルカ殿とセシルの戦いを見ながら、ゼン殿とセシルの武具の異能について話をしていました。
が、はっきりしたことなど分かりません。
あくまでも予想しかできないからです。
バルカ殿は個々人が持つ力を分かりやすく名前を付ける傾向があるようです。
グイード殿が使っていた力を【黒死蝶】と言ったり、グルーガリアの弓兵が使った技を【流星】などと言っています。
そして、それを自分でも使ってしまう。
ですが、本来であれば力とは隠すものでしょう。
自分が持つ力を分かりやすい名称をつけてしまうと、それが広く知られるようになり、そして対策されてしまうかもしれないからです。
特殊な能力であればあるほど、その力がどんなものかは知られていないほうが戦場では有利になります。
ゆえに、自分の持つ力を自分で言いふらす者は少なく、そしてそれは愚かな行為であると考えられています。
そういう点ではセシルも変わり者かもしれませんね。
なにせ、自分で【雷光】の騎士と名乗っているのですから。
傭兵として名を売りたいという意味合いもあるのかもしれませんね。
ただ、セシルの使用している迷宮産と思わしい鎧と大剣は、その【雷光】とは関係がないと言われています。
なので、彼を戦場で見かけた者たちがその武具の力を予想して名付けたのが【蓄積】です。
しかし、これはゼン殿が言うような普段から力を貯めることができる異能ではないのではないかと思いました。
その根拠は今の戦いにあります。
もしも、普段から魔石に魔力を貯めるように武具に力を【蓄積】しているのであれば、戦いが始まった最初が一番強いということになるのではないでしょうか。
貯めた力を一気に使う、といった戦い方で強敵相手にも優位に立つ方法を私ならば選択します。
ですが、二人の戦いはそうはなっていません。
むしろ、逆なのです。
何度も打ち合う鮮血の剣と大剣。
その力の均衡が徐々に大剣側に傾いてきたのではないかと感じるからです。
騎乗しての攻撃を繰り返すバルカ殿。
そして、それをはじき返すセシル。
それ自体は変わりません。
変わっているのは、バルカ殿が吹き飛ばされている距離でした。
だんだんと延びているのです。
普通ならばありえない光景ではないでしょうか。
赤馬に乗って鎧を着こんだ騎兵が勢いをつけて攻撃しているのに、それを地面に立っているだけの人間が大きく吹き飛ばしているのです。
しかも、疲れてはじき返せなくなっているのではなく、より遠くまで吹き飛ばすことができるようになる。
どう考えても異常でしょう。
おそらくは、【蓄積】といわれる異能はこの状況を説明できるものなのではないでしょうか。
普段から力を貯めてそれを使用できるのであれば、最初からもっと大きく吹き飛ばして直接攻撃を当てれば勝てる。
そうはせずに、しかしだんだんと攻撃力を増していく。
つまりは、【蓄積】というのは相手の攻撃を利用しているのではないかと思うのです。
「相手の攻撃を? アルフォンス団長の攻撃を吸収しているとかそういうことですか?」
「かもしれませんね。衝撃を吸収するのか、魔力を吸収するのか、あるいは相手の身体能力だったりするのかもしれません。一度に得られる力はおそらくは限られた範囲内なのではないでしょうか。だからこそ、一気に力が増すわけではなく、けれど少しずつ相手を上回ることができる。そういう類の異能を誰かが【蓄積】と呼んだのではないかと思います」
「……なるほど。だから、か。アトモスの戦士であるイアン殿と戦う前に、アルフォンス団長と戦って力を貯めたかったってことですね。ようするに、ヘンドリクセン殿はこう言いたいんですね。セシルとかいうやつは、アルフォンス団長を前座扱いしているって」
「ちょ、ちょっと。そんなことを大きな声で言わないでくださいよ、ゼン殿。私は決してそんなつもりはないですから」
変なことを言い出したゼン殿に慌てて詰め寄って否定しました。
けれど、その声は思った以上に周囲に聞こえていたのかもしれません。
周りが反応を示します。
いえ、それだけならばよかったでしょう。
問題は、バルカ殿を前座扱いしている、という言葉が当の本人であるバルカ殿自身に聞こえていたみたいなのです。
セシルと戦っている最中にちらりとこちらに視線を送ってきていました。
その視線が私の目とばっちりと合ってしまったのです。
嫌われたでしょうか?
それとも、後で怒られたりするのでしょうか。
いえ、怒られるくらいですめばまだましなのかも。
わずかな期間で軍を掌握するほどの人物を前座扱いしているなどと思われたら、どんなことになるか想像もつきません。
冷や汗をかきながら、それを打ち消すべくさらに大きな声でもう一度否定しておこうとしたとき、その戦いは新たな局面を迎えたのでした。
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