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セシルの武具

「空が曇ってきましたね。これは一雨来るかもしれません」


 イクセル平地での戦いが始まってからは比較的天候は安定していました。

 ですが、今日は朝からうっすらと空に雲が広がっていました。

 降るかどうかは微妙なところ。

 そう思っていたのですが、どうやら雨が降りそうになってきました。

 天を分厚い雲が多い、薄暗くなってきました。

 【アトモスの壁】によって生み出されたぺリア軍本陣の壁のせいでもあるかもしれません。


 私の一言の後、ゴロゴロという音が鳴りました。

 どうやら、本格的に空模様が悪くなってきたようです。

 その音が合図になったのでしょうか。

 それまではしばしの間、見合っていた二人が動き始めたのです。


 純白の鎧を着こんだセシルにたいして、赤の鎧を着て大人顔負けの体格に変貌したバルカ殿がこれまた真っ赤な鎧を付けた角のある馬のような生き物に騎乗して突撃を開始します。

 そのバルカ殿の手に握られてるのは鮮血と呼べるような色をした剣です。

 その剣を馬上から振り下ろしました。


 恐ろしい速度です。

 両者の間にあった距離を瞬く間に詰めてしまった角のある馬。

 その驚異的な速度で走る背にまたがった状態でありながらも、一切揺れていないのではないかと感じさせるほど安定した姿勢で剣を振り下ろしたバルカ殿。

 私ならばその一撃を防ぐことすらできずに体を縦に切り裂かれていたことでしょう。

 どのような武器、あるいは盾を持っていてもそれごと両断されてしまいそうな、そんな威力の込められた攻撃でした。


 本当にバルカ殿というのは何者なのでしょうか。

 傭兵団から立身出世を成し遂げ、この戦場では見事な采配で軍を操り、そして個人としても強い。

 今のように剣の腕もあり、騎乗技術も持ち合わせ、そして強力な弓の一撃も放つことができる。

 このような人物に私は今まで出会ったことがありません。

 グイード様ですら、若いころはそこまで規格外では無かったのではないでしょうか。


 ですが、そのバルカ殿の一撃を受けても純白の騎士は平然としていました。

 騎乗した状態での勢いをつけた攻撃を大きな剣で受けきったのです。

 いや、受けきったというのとは少し違うのかもしれません。

 その大剣を相手の攻撃にあわせて振ることで、赤馬ごとバルカ殿を弾き飛ばしてしまったのです。

 一瞬で詰めたはずの距離をふたたび開けることに成功しています。

 しかし、赤馬もすごいもので、バルカ殿と一緒に吹き飛ばされても倒れることなく体勢を立て直していました。


「凄いな。あいつ、アルフォンス団長の攻撃を受けてもなんともないみたいですね」


「ええ、そのようですね。ですが怖いのはここからですよ。セシル自身の強さもさることながら、身に着けている武具にも注意が必要です」


「あの大剣ですか?」


「はい、そうです、ゼン殿。ですが、それだけではなくセシルが着ている鎧も特殊な効果があると耳にしたことがあります」


 赤馬ごと弾き飛ばされたバルカ殿がふたたび攻撃を行い、それをセシルがはじき返す。

 そばにいたゼン殿と話しながら、目だけは二人の戦いに吸い寄せられてしまっていました。

 美しい。

 そう思ってしまったからです。


 赤の鎧を着た大柄の騎兵であるアルフォンス・バルカ殿。

 そのバルカ殿が何度も騎乗突撃を繰り返すその姿は、なんというか気品があるのです。

 それまでもそう感じることはありました。

 荒々しい動きばかりのはずの傭兵たちとは明確にオリエント兵は違う動きをします。

 動きそのものに無駄のない洗練された剣技。

 ですが、そのオリエント兵の剣技をはるかに圧倒するほどにバルカ殿の剣の技はさえているのです。

 オリエント兵の剣の動きは模倣によって身に着けただけの贋作で、彼の動きこそ本物であると主張するかのように。

 そして、その動きの質は大地に立っているときと変わらず、騎乗していても同様でした。


 そして、それに対するセシルの動きも同じような印象を受けたのです。

 バルカ殿の攻撃の強さを本当の意味で私には理解することができないでしょう。

 きっと、自分ならば防御ごと紙切れのように斬られてしまうのですから。

 それを受け止め、はじき返すセシルの動きも一切の無駄がありません。

 空気を裂く音がこちらまで聞こえてくるバルカ殿の剣を最適な角度と瞬間を見極めて自身の大剣を当ててはじき返す。

 二人の戦いを見ていると、それはまるで動く芸術であるかのように錯覚してしまうほどでした。


 しかも、そんな二人の動きを支えている武具もまた特殊なものであるのです。

 バルカ殿の剣と鎧は私も見ていましたが、奇想天外なものでした。

 どうやら、グイード様の使っていた【黒死蝶】のような魔力を使用した特殊な奥義をバルカ殿も使えるようなのです。

 そして、その奥義によって自身の血で剣と鎧を作り上げ、動く兵士まで出すことができる。

 それがバルカ殿の力でした。


 そんな特殊な血の武器にセシルが対抗できているのは、やはり彼の持つ武具も特殊だからなのではないでしょうか。

 少なくとも、そこらで買えるごく一般的な武具では相手にもならないはずです。

 では、そんなセシルの持つ武具とはいったい何なのかというと、迷宮産のものであると聞いたことがありました。


「迷宮産? なるほど、それならかなり強そうですね」


「ええ。基本的に同じものは二つとないと言われる迷宮で得られる特殊な道具。セシルの場合は、大剣と鎧の両方がそうではないかと噂されているのですよ」


 迷宮。

 あるいは、魔力だまり。

 いくつか名称はありますが、どこも異常な魔力の影響があると言われている場所です。

 かつてはその魔力に引き寄せられたのか魔物が存在したと言います。

 それらの魔物を狩り、魔物からとれる素材で特殊な武器などを作ったとか。

 そうして、いつしか魔物を狩りつくし、今では魔石を得る場所となったのが迷宮です。


 迷宮とは魔石を得られる場所である。

 これまでは、その迷宮から採れる魔石が高値でやり取りされていました。

 ですが、【魔石生成】という魔法が多くの人に使えるようになった現在では魔石の価値が下がっています。

 そうなると、迷宮の価値も下がってしまったのかというとそれは違います。

 迷宮は今でも価値があるものであり、迷宮を所有している国などはそれを他国に奪われないように大切に守っているのですから。


 なぜかというと、迷宮では特殊な武具を手に入れられるからです。

 異常な魔力だまりである迷宮は、そこになんの変哲のない道具を安置していると、その道具に異能の力が宿ることがあるのです。

 有名なのは迷宮鞄でしょうか。

 一見すると普通の鞄のように見えて、内部の容量が拡張されている不思議な鞄が迷宮で手に入ることがあるのです。


 そして、それと似たような形で武器や防具にも異能の力が宿ることがある。

 多くの魔物が駆逐されてしまった現代においては、そのようなかわった武器防具を手にする機会というのは迷宮でしか存在しないのです。

 もっとも、迷宮に置いておけばすぐに力を得られるというわけではありません。

 戦場でも役に立つくらいの有用な力というのであれば、人ひとりの人生が過ぎ去るくらいでは足りないほどの時間が必要だ、などと言うそうですからね。


 そして、それだけの時間をかけたであろう異能がセシルの持つ武具には宿っているといわれています。

 ……思い出しました。

 その力は確か、【蓄積】などと言われていたのではないでしょうか。

 時間が経過するほどに力を貯めることができる異能の武具。

 それこそが、セシルの持つあの純白の鎧と大剣だったように思います。

 使いこなせばアトモスの戦士すら打倒できる武具。

 そうか、だからこそ、本命であるアトモスの戦士と戦う前にバルカ殿との勝負に名乗り上げたのかもしれません。

 時間があればあるほど強くなれるのであれば、この戦いはセシルにとって時間稼ぎでもあるのですから。


 速く勝負を決めなければ不利になるかもしれません。

 どうやら、知らないうちに二人の勝負はセシルの思い描いた形に誘導されていたみたいでした。

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