男巫女
「ヘンドリクセン殿、【雷光】の騎士というのは強いのですか?」
「ゼン殿、いいのですか、バルカ殿に決闘のようなことをさせても。バルカ殿が失われるようなことがあれば大変なのではないかと思うのですが?」
「オリエント軍は上からの命令に絶対なんですよ。アルフォンス団長が自ら名乗りを上げて戦いを求めた以上、それを止められるのは限られていますから」
「……止められる人がいるのですか?」
「アイ議長なら止められるんじゃないですかね。アルフォンス団長はアイ議長の意見は素直に聞いているみたいですし」
「……ですが、その議長はここにはいないでしょう。この場での出来事をオリエント国にある議会から止められるものではないと思います」
ぺリア軍本陣での決闘。
バルカ殿と【雷光】の騎士セシルの戦い。
それを見守るために二人の周囲をパージ兵を用いて囲みました。
それを見て、周りも同調したのか同じようにしていきます。
パージ兵以外にもオリエント兵も、そしてぺリア兵までもが二人を遠巻きにして囲っていく。
そうして、その中央にいる二人の戦いを見守る態勢が出来上がっていきました。
こんなことがあるのかと、驚きました。
大昔の決闘劇などであれば、こういう状況もありえるのかもしれません。
けれど、これは現実です。
それぞれの軍が知略を尽くして戦術を用いて戦い抜いた先に、こうして決闘による勝負が行われることになるとは思いもしていませんでした。
きっと、私だけではなく他の者たちもこの場の雰囲気に当てられてしまったのでしょう。
そのうちのひとりであるゼン殿。
バルカ殿の配下でもあり、オリエント軍でも数百の兵を率いる将に抜擢された若き傭兵。
そんなゼン殿が私に話しかけてきました。
私はゼン殿に聞かれた質問に答える代わりに、つい思わずこちらから質問を投げ返してしまいました。
それは、当たり前のこととして、止めなくともよいのかということです。
いくらなんでも決闘による勝負で双方の軍の行く末が決まりかねないというのはどうなんだと、自分のことを棚に上げて思ってしまったからです。
ただ、ゼン殿はバルカ殿のことを止める気は無いようでした。
自分には止められない、とも言っています。
そうなのでしょうか?
私はバルカ殿の人となりをすべて把握しているわけではありませんが、下からの意見であっても耳を貸してくれるような気はするのですが。
けれど、オリエント軍の規律としてバルカ殿の決定はなかなか止められないのかもしれません。
それができるのはオリエント議会の議長くらいだとゼン殿は言い切ります。
アイという女性の議長。
私も普段は街の管理という仕事上、いろいろな話を聞いたり、参考にするために情報を集めていますが、そのなかで聞くところによると大変優秀な人のようです。
パージ街以上に難しい状況にあるはずのオリエント国を機能させ続けているのですから。
ですが、その議長が軍を掌握しているバルカ殿に言うことを聞かせられる人物であるとは知りませんでした。
そうすると、今のオリエント国はバルカ殿という少年の影響を強く受けつつも、それを制御しうる人物が国家運営をしっかりと行っているということでしょうか。
思いがけずいい情報を得られたような気がします。
なんとかそのアイという議長とやり取りを行えないものでしょうか。
それはきっと、私やパージ街にとっても利益になるような気がします。
「アイ議長なら止めようと思えば止められるでしょう。それをしないということは問題ないということかと。それよりも、【雷光】ですよ、ヘンドリクセン殿。その名は俺も聞いたことがありますけど、実際に見るのは初めてです。どれくらい強いんですか?」
「【雷光】の騎士セシルのことですか。私もこの目で見るのは初めてです。ですが、その強さは何度も耳にしたことはありますよ」
二人の周囲を囲む動きはまだ終わっていません。
ぺリア軍の兵までもがこの戦いを見るために反撃の手を止めて立ち位置を変えているから時間もかかるのでしょう。
そして、肝心の二人もすぐには戦おうとしていないようでした。
中央でにらみ合って静かに立っています。
今なら少しばかり時間があるでしょうか。
そこで私はゼン殿にたいして【雷光】の騎士セシルについて、知っている情報をお話することにしました。
彼はソーマ教国の出身であると言われています。
それが本当かどうかははっきりとは分かりません。
が、確かに彼が先ほど発した言葉には小国家群訛りが少ないように感じられました。
ソーマ教国の人間がこちらの言葉を覚えて使っている。
そう言われるとそうかもしれないとも思える発音なのです。
なので、いつしか戦場で活躍する純白の鎧を着た傭兵はソーマ教国からやってきたのだと噂されるようになりました。
そして、そんな彼はものすごく強かったのです。
それこそ、たった一人で戦局を変えることができると言われるほどに。
まるで、それはアトモスの戦士と同じように言われることも多々ありました。
高い身体能力。
そして、特殊な鎧と特殊な大剣。
さらには、【雷光】と呼ばれる力を持つといい、実際にそれを戦場でも発揮するのだそうです。
なので、こう言われるようになりました。
【雷光】の騎士セシルはソーマ教国の男巫女であると。
「男巫女、ですか? なんなんですか、それって? 巫女ってのは確かソーマ教国での凄い人だったような」
「ソーマ教国は神であるソーマを崇める宗教でまとまっています。そして、そんな神ソーマに従い、禁呪を使うことができるとされているのが巫女です。当然、その巫女と呼ばれる者たちはほかの国の貴族、あるいは王族と呼ばれる者と匹敵するほどの魔力を持っていると言われていますが女性ばかりなのですよ。で、もしかすると【雷光】の騎士セシルはその巫女と同じくらいの魔力を持ち、そして特殊な力を持つゆえに男巫女なのではないか、と言われています。もっとも、それはあくまでも噂であって、本当にソーマ教国に男巫女なんてものがあるのかどうかすら分からないのですけど」
しょせんは噂の域をでないでしょう。
私としては強さの話が独り歩きして、尾ひれがついてそう呼ばれるようになったのではないかと思います。
が、真相はこの際どうでもいいことでしょう。
問題なのは、そう呼ばれてもおかしくないと思われる強さが【雷光】の騎士セシルにはあるということ。
つまりは、王族に匹敵する強さを持っているかもしれないという点でしょう。
それならば確かにアトモスの戦士ともやり合えるかもしれません。
……バルカ殿にはちょっと厳しすぎる相手なのではないかと、今更ながら不安になってきました。
ちょっと場所を移したほうがいいかもしれませんね。
できれば、バルカ殿が負けた時のことも考えてすぐに逃げられて、かつ、アトモスの戦士イアン殿に近い位置に移動しておきましょう。
私はゼン殿と会話をしながらも、少しずつ場所を変えておいたのでした。
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