王家の歴史
「リリーナは本ばかり読んでいるって言ってたね。ここにはどんな本があるんだ?」
「そうですね。あまり多くはありませんが、歴史の本などがありますよ」
「ふーん、小説とかじゃないんだ?」
「小説、お伽噺などでしょうか? 本は高価なものばかりですからね。あまり子供向けのものはないと思いますよ」
「あ、そうか。羊皮紙だけでも結構高いもんね。本になると高級品扱いになるのか」
「はい。ですから、どの本も難しい書き方ばかりで……。一冊の本を読み解くのに時間がかかってしまうんですよ」
なるほど。
そういえば前世でも昔は本というのは貴重だったという話を聞いたことがある。
内容が難しいというのもわからなくもない。
おっさんに聞いた話では貴族あてに書く手紙などもかなりもったいぶった言葉で相手のことを褒めないといけないのだとか。
多分、単純に字がかける、読めるというレベルでは駄目で、辞書がほしいレベルの難しい字や修飾語が散りばめられているのだろう。
これは俺が本を見せてもらって読んでも理解できないかもしれない。
事前知識なしで古典を読めというレベルの話になりそうだ。
「そうか、そんなに難しいのか。なら、リリーナ、俺に本の内容をわかりやすく教えてくれないか?」
「え、本の内容をですか? 私が?」
「そうそう。歴史の本があるって言ってただろ。俺はあまり歴史のことを知らないからさ。頼むよ、リリーナ」
「わかりました。それではどこまでご説明できるかわかりませんが、お話いたします。……き、緊張しますね」
「まあ、そんなに意識しなくてもいいよ。とりあえず、質問してもいいかな。貴族をまとめる王家はなんで衰退したのかって知ってる?」
「王家の衰退、ですか。ええ、もちろんわかります。それではご説明いたしますね」
こうして、俺はリリーナから歴史の授業を受けることになったのだった。
※ ※ ※
俺達が住む土地は広い。
だが、その土地は周りを囲まれていた。
北は広大な森が広がり、東には天を貫くほどの高い山。
そして西と南には大地の割れ目かというほどの渓谷と湿地帯が存在している。
俺達が住むのはそんな自然に取り囲まれた土地だったのだ。
大自然に囲まれ、外敵の心配が少ない土地だが、いつしかその中をとりまとめる人が現れた。
それが王家の始祖だった。
初代王は他を圧倒する魔法を持ち、周りのすべてを従えて、土地の支配者へと上り詰めた。
そこで活用していったのが教会の魔導システムだ。
各地に点在する魔法使いたちを配下に加えながら自身を強化して、絶対的な王者として君臨していったのだった。
初代王をトップに魔法使いたちが支配者層として君臨し、長い年月が経過した。
だがある時、王家の支配にほころびが出てしまった。
それまで王家を支えるために貴族となった魔法使いたちの子孫の一部が、王に離反したのだ。
当然、王は激怒した。
離反した貴族を断罪し、粛清していったのだ。
だが、これが初代王のしたことなら良かったのだろうが、当時の王と初代王では決定的な違いがあった。
それは当時の王は純粋な意味での魔法使いではなく、初代王の力を受け継いだ継承者でしかなかったということだ。
「当時、貴族に離反された暴君ネロは自身の力を過信していたのです。貴族を粛清しても問題ないと考えてしまいました」
「どういうこと? 王の力の源って名付けのことだよね。魔法を授ける代わりに親子関係になって親が子から魔力を受け取るっていう」
「そうです。貴族を粛清したネロ王はそれによって力が激減したのです」
「激減? そんなに大量に貴族を殺して回ったのか、その王様は」
「いえ、それほど大量にというわけではなかったようです。しかし、その粛清によって王の位階が低下してしまったのです」
「位階の低下……」
「はい。初代王が統一する際に用いた王だけが持つ大魔法が粛清によって失われてしまったのです」
「大魔法? そんなのがあるのか。いや、あったのか……」
「そうです。一説には大魔法を一度行使するだけで街ひとつを消し去ることができたと言われています」
「そりゃまた、一回使うだけでも大量の魔力を使いそうだな。……ああ、なるほど。魔力使用量のバカでかい魔法が仇になったのか」
そういえば、パウロ司教も言っていたな。
俺に命名してから魔力量が増えて位階が上がり、回復魔法が使えるようになったと。
フォンターナ家と揉めた俺に手を差し伸べてきたのもその位階が失われないようにという思いがあったはずだ。
俺という魔力供給源がいなくなれば、位階が下がり、回復魔法が使えなくなる。
王家のした失敗はそれと同じことだったのだろう。
おそらく王家の持つ大魔法とやらは途方もないほどの魔力を使用したのだと思う。
だが、それは決して悪いことではない。
ある意味、当然とさえ言えるだろう。
名付けを行うと上位者である親が使える魔法は子も使えることになる。
バルカ姓を持つものが【散弾】や【氷槍】といった攻撃魔法を使えるようになったのも、俺が持つ魔法や、俺の親であるフォンターナ家の魔法による影響だ。
しかし、これは問題点もある。
誰もが【散弾】や【氷槍】といった攻撃魔法を使えると危険だというものだ。
この攻撃魔法の伝達の危険性を下げるために、半ば暗黙の了解として信用が置けるものを騎士として取り立ててから名を授けるという仕組みができた。
だが、そのほかにも不用意に魔法を伝達しないようにする方法というのは存在する。
それは名を授けた相手が使用不可能なほど魔力消費量の高い魔法を用意するという方法だ。
一般的な騎士や貴族でも使えないほどの魔法。
そんな大魔法とも呼べる魔法があればどうなるか。
親は子から魔力を受け取るが、子は親の持つ大魔法を使うことができなくなる。
魔導システムによる魔力パスの最上位者である王家だけが使用可能なほどの大規模魔法があったとすれば王家に逆らうものはいない。
言ってみれば王家だけが爆弾を持っているようなものだろう。
逆らえばすんでいる街ごと消されるとなればおとなしく従うほかない。
だが、長い歴史の中で王家はそのことにあぐらをかいてしまった。
大魔法があることが当然だと考えてしまったのだ。
貴族を粛清した結果、大魔法が失われて初めてことの重大さに気がついた。
もう取り返しが付かないということに。
リリーナが語るには暴君ネロは恐ろしいまでの圧政を敷いていたようだ。
大魔法が失われた王家は慌てて貴族とのつながりを再構築しようと考えた。
だが、多くの貴族がそれを良しとしなかったという。
それまでは大魔法を使えるからこそ王家には逆らわずにいた貴族たちが、大魔法を使えなくなった王家におとなしく従うはずがない。
むしろ、圧政を防ぐためにも王家からの名付けを辞退するに至った。
こうして、王家の力は大魔法を失い、他の貴族と同程度のものにまで落ち込んでしまったのだ。
しかし、この世界の歴史もろくなもんじゃないな。
結局、圧政を敷いた王家が取り除かれたら、各貴族が私利私欲のために領土争いを始めたのだ。
教会は設立当初から攻撃魔法を持つことを禁じていたということもあり、王家の代役にはならなかった。
そのせいでさらに長い年月が戦争に費やされてしまったのだった。
「ふーむ。ここまで詳しく話を聞けるとは思わなかったよ。いい勉強になった。ありがとう、リリーナ」
リリーナは自分の知る知識を語るのが楽しいのか、どんどん話してくれる。
臨場感に溢れながら、しかし、ちょっと話が脱線したときにはコロコロ笑いながら、彼女の知る知識を惜しげもなく披露してくれた。
こうして、俺はリリーナから王家以外の話もたくさん聞くことができたのだった。
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