ヘンドリクセンの目
「【雷光】の騎士セシル。まさか、そんな大物がぺリア軍にいたとは……」
驚きのあまり、私は戦場の真ん中にいるというのに思わず動きを止めてしまいました。
本来であれば、それは非常に危険な行為です。
相手の本陣がある陣地へと突入してそんな無防備な姿を晒していれば、まず間違いなく殺される。
であるというのに、私はまだ生きていました。
それは、私のみならず、この場にいるすべてのものがバルカ殿と【雷光】の騎士セシルの姿にくぎ付けになっているからでしょう。
アルフォンス・バルカ殿。
パージ街における生きた伝説とも呼ばれたグイード・パージ様に勝利を治め、パージ街を実質的に牛耳ってしまった少年。
それまでは一切聞いたことのなかったその少年のここ数年の動きは驚くべきものでした。
いきなりオリエント国に現れたと思えば、そこで十にも満たない年齢でありながらも傭兵として活動して、戦果を挙げていく。
特に、バルカ殿のもつバルカ傭兵団はその名を広く知られるようになっていました。
ですが、その功績の多くはバルカ傭兵団に所属するあのアトモスの戦士のおかげだと最初は思われていたのです。
アトモスの戦士というのはこの小国家群においては嵐のようなものです。
その強さは無敵を誇り、ひとたび遭遇すればただ通り過ぎるのを待つことしかできない。
それほどの強さを持っているのです。
ただ、救いといえばアトモスの戦士を傭兵として雇うにはかなり高額の対価を用意しなければならないという点でしょうか。
大国であればともかく、小国ばかりのこの土地ではアトモスの戦士が同じ雇用主に雇われ続けるということは少ないものです。
ですので、戦場で相まみえてもそのうちにどこか別の国が雇っていなくなることも多かったのです。
けれど、そんなアトモスの戦士は戦場から姿を消し、そして、唯一残ったイアン殿はバルカ傭兵団に所属し続ける。
不思議な状況でした。
イアン殿の強さは一つの軍に相当するでしょう。
ですので、バルカ傭兵団を抱え続けるオリエント国も争いが絶えないこの小国家群でも比較的安定しているようでした。
無敵の戦士が所属し、そしてなぜかオリエント国から動こうとしない傭兵団。
その傭兵団の団長は幼い子どもであるという情報。
いったいその少年団長とは何者なのか。
だれもが気にしているときに、パージ街は攻撃を受けました。
あっという間の出来事です。
ある時、突然にバルカ傭兵団が押し寄せて、そしてグイード様やグレアム・パージ様を撃破して、この街を占拠したのです。
しかし、その占拠は長くは続きませんでした。
バルカ殿はパージ家の生き残りであるカレン様を連れて新バルカ街に戻り、そして、パージ街の運営を残された者に任せていったのです。
正直、驚きました。
そんなことをしていてはいずれ反旗を翻す者が現れてもおかしくはありません。
ですが、そうはなりませんでした。
バルカ教会の儀式により、制約をかけられたからです。
そして、その制約と我ら残された管理者が街中の魔力を集めて強くなることができるという驚きの方法と、もし万が一、不遜なことを考えでもすればすぐに察知されてしまうことになったからです。
現に、今までにも何人かはすでにパージ街の管理者から脱落しています。
ある日、謎の死を遂げるという形で。
これまでに集めたバルカ殿についての情報によれば、あの方はどこか異国の王族のようです。
ですが、それはあの霊峰を超えた先にある国であるという眉唾物の話で信憑性がないのが問題でした。
けれど、少なくともブリリア魔導国の貴族院に通学していたのは間違いないようです。
あの貴族院は諸外国と人材の交流を行うことを頻繁に行っていますが、その身元調査も当然しているはずでしょう。
少なくともバルカ殿はブリリア魔導国の貴族院に通うだけの格式を持った家の人間であるということは間違いありません。
そして、そんなバルカ殿は今、オリエント国をほぼ手中に収めているようです。
どのような手管を使ったのかは知りません。
ですが、よその国から傭兵としてやってきた子どもが、わずか数年のうちにオリエント国の国防長官にして護民官へと就任し、そして議会の掌握までしているのです。
いくらオリエント国がもともとは武力の低い国であると目されていたとしても、これは異常なことのように思います。
少なくとも、私はそんなことはできません。
この街で下級の役人として働いていた私が、今はこうしてパージ街の管理者のひとりにしてパージ軍を動かせるようになったのは自分でも驚きですが、これ以上の仕事は出来そうもないからです。
なんとか街の運営を可能としているのも、我々の背後にバルカ傭兵団がいると知られているからでしょう。
ですが、そのバルカ殿自身には背後から支える存在は見当たらないときています。
よくもまあ、後ろ盾もなく一つの国を乗っ取るようなことができるものだと感心してしまいました。
しかし、そんなバルカ殿が何を思ったか、戦場のど真ん中で我に挑む者はいないかと名乗りを上げてしまいました。
大丈夫なのでしょうか。
今のオリエント国は詳しい内情は知りませんが、バルカ殿が重要な役職を兼任しているはずです。
そのバルカ殿が決闘などして平気なのか。
そう思っていたときに、驚くべき相手が名乗りを上げたのです。
【雷光】の騎士セシルといえば、小国家群どころか、大国ですら雇うことがある有名な傭兵です。
その力はアトモスの戦士に匹敵するのではないかとも聞いたことがありました。
なぜなら、彼はあのソーマ教国の人間だからです。
それもただの一般人ではなく、高貴な家の一員だとか。
もしかすると、これまでの戦いはぺリア軍による誘導であったのかと思ってしまいました。
防壁戦術という戦いで、驚くほど鮮やかに局面を誘導しているように見えたバルカ殿の軍の使い方。
ですが、ぺリア軍は最初からこの本陣にバルカ殿とアトモスの戦士であるイアン殿を誘い出す狙いがあったのかもしれません。
【雷光】の騎士セシルであれば勝てると踏んで。
私自身も魔力が増えてそれなりに強くなったと思っていましたが、純白の鎧を着たセシルを見ると分かります。
彼は私などが到底相手にならない存在であると。
勝てるのでしょうか、バルカ殿は。
バルカ殿の強さは正直よくわかりません。
ただ、普通の少年ではないことは間違いないでしょう。
グイード様方に勝利するだけではなく、矢の一撃であの高く硬い壁を破壊してしまい、今は見た目も真っ赤な鎧を着こんだ長身の姿に変わっているほどです。
というか、声が聞こえなければあれがバルカ殿であるとは到底思えない姿でしょう。
どんな勝負になるか予測もつかない。
ただ、ここで【雷光】の騎士セシルを打ち倒せば、おそらくはぺリア軍の最大の戦略をくじくことになるでしょう。
ならば、私にできることは限られています。
あの二人の戦いが邪魔されないように、パージ兵を使って周囲からぺリア兵が入れないようにして、様子を見守ることにしたのでした。
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