名乗り
俺の挑発を受けて前に出てきた男。
純白の鎧を着て、背丈以上に大きいかもしれない大剣を所持している。
魔力量も多い。
俺の魔力のこもった瞳には、あふれんばかりの魔力をその身に内包している姿が見て取れた。
強いな。
魔力量の多さは強さに直結する。
なので、魔力が多ければ多いほど強いのは当然なのだけれど、だがそれだけでは本当の強さにはならない。
なんでも使い方というものがあるからだ。
豊富な魔力を戦闘で使いこなすには、しっかりと鍛えなければならないという当たり前の事実。
それは、俺の生まれたフォンターナ連合王国よりもこの東方のほうがよく認識されているかもしれない。
フォンターナ連合王国では基本的に名付けなどによって身分差がはっきりしているし、その階級によって魔力量の多さはだいたい決まっているからだ。
基本的に貴族相手に騎士は勝てないし、騎士相手に一般人は勝てない。
それに騎士以上の者ならば魔法という遠距離攻撃可能な術を持つので、それをいかに使いこなすかのほうが気にされていたかもしれない。
魔力そのものを使いこなそうとする人はあんまりいないんじゃないかとアルス兄さんたちに聞いたことがあった。
だけど、東方ではちょっと違う。
名付けによる魔力の移動がないし、婚姻関係で築き上げた魔力量の多い者が生まれてくるというのは運の要素もある。
同じ両親から生まれてきた子どもであっても魔力量には違いが出る。
なので、兄弟間で兄よりも弟のほうが魔力の量が多いなんてこともあるみたいだ。
そして、東方には継承の儀という仕組みもなかった。
長男が継承権第一位となっていて、貴族や騎士の当主が亡くなれば、生前に継承していなければ自動的に当主の魔力を受け継ぐなんてこともない。
つまり、兄弟間で家督を継ぐ者が入れ替わる潜在的な機会は東方のほうが多かったのだ。
もし、生まれ持った魔力量が兄のほうが多くても、弟もそれなりに多いことには変わりない。
兄が魔力量の多さに家督を継ぐのは自分だと油断していてなにもしなければどうなるか。
弟が、ひそかに魔力を鍛えているかもしれない。
魔力は量の多さ以外にも質の違いもあるからな。
俺がアイに教わったときも、最初のほうでしっかりと魔力を練り上げて凝縮させるように徹底させられた。
おかげで、今はかなり密度の濃い魔力になっていると思うけれど、その分、相対的に魔力量というのは少なくなっているかもしれない。
ほかにも、魔力は動かせる。
普通ならばなにもしなければ体から生み出された魔力は垂れ流し状態になっていて、まるで水が沸騰して湯気になって無くなっていくみたいな感じに近いだろうか。
だが、その湯気を体から漏らさないように封じ込めることができれば、同じ魔力量でも有効に使える。
そして、その魔力を手や足に集中させればその部位が通常時よりも力強くなるし、頭などに集中させれば頭の回転も速くなる。
つまり、なにが言いたいのかというと、魔力の鍛え方次第で強さが違ってくるということだ。
そして、魔力を鍛えつつ、武術の鍛錬も行い、できれば魔術を手に入れる。
東方での名門の家に生まれた者たちの最終目標はそこだろう。
パージ街のグイード・バージのような【黒死蝶】。
グルーガリア国のヘイル・ミディアム親子のような【流星】。
あるいは、トラキア一族である影の者たちのようなそれぞれが持つ魔術。
その人だけが使える魔術があるかどうかで、その人物の価値は大きく変わってくる。
これまで、他者に魔法を授ける術がなかった東方では、魔術を覚えられるかどうかというのが非常に大きかったのだ。
目の前の純白の騎士の表情などはその鎧のせいで見えない。
だけど、感じ取ることができる魔力がこれまで鍛錬を続けてきたであろうことが読み取れた。
それだけじゃない。
なんというか、場慣れしている雰囲気もかなり感じる。
きっと、こういう戦場に数多く出て、そして勝ち抜いてきた経験があるんだろう。
というか、そうじゃなければアトモスの戦士と戦うためにここまで来たなんて言わないだろうしな。
「オリエント軍総大将たるアルフォンス・バルカ殿に挑むは【雷光】の騎士セシル。いざ尋常に勝負」
【雷光】の騎士セシル。
と、聞いても誰だかわからない。
もしかして名の通った人物なのだろうか。
攻撃を受けていたぺリア軍が俺に挑むというセシルの行動を見て動きを止めている。
もしも、こいつがなんの実績もなければ俺との戦いなんて見守らずに逃げようとするだろう。
そうしないのは、強さを信頼されているからか。
あるいは、ここまで本陣に食い込まれた以上、逃げは難しいと悟ってこの戦いが全体の戦局を変えるものになることを期待しているのか。
それは分からない。
分かっているのは、味方であるイアンも見守るつもりらしいということだ。
まあ、この戦いはそもそも俺から言い出したことで、それを受けて正々堂々と名乗りを上げてからセシルが挑んできているからな。
それを止めるつもりはないんだろう。
オリエント兵のほうも俺のいきなりの行動を邪魔するつもりはないようだ。
こうして、なんの邪魔もなく唐突に戦場の中心で決闘が始まったのだった。
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