戦場のコントロール
「キクの部隊はそのまま北進して壁を建てろ。そうだ、キクから見て前方に三本の大きな木があるところに東から西にかけて二百メートルの壁を作れ。ゼンの部隊は西に移動してくれ」
イクセル平地での戦い。
そこで俺は本陣から指示を出していた。
各部隊を進ませて壁を作り、相手からの進路をつぶしていく。
そうすることで、こちらが守りやすく、攻めにも出やすいように部隊と壁を配置していく。
それをすぐに各部隊が実行できているのは、ひとえに魔道具のおかげだろう。
魔導通信器のありがたみがよくわかる。
俺が離れた本陣からそれぞれの部隊の隊長に指示を出していても普通ならばそれをすぐには前線に伝達できなかったはずだ。
だが、ヴァルキリーの角を使った魔道具によって遠距離での会話が可能になっている。
まだまだ魔導通信器の数が少ないので、大きな隊でひとくくりとなってしまうが、それでも十分すぎるだろう。
なにせ、相手はそんな便利なものを持っていないのだから。
「ぺリア軍の動きは遅いな。多分、最初に命じられた場所に移動して壁を作ってそこに待機している感じか」
「そうでしょうね。というか、こんなものがあるのを今まで知りませんでした。遠く離れた相手と時間差なしに話ができるのですか。相手はあらかじめ予定していた場所をとるだけなのに対して、オリエント軍は相手の動きを見てから臨機応変に対応を変えることができる。それだけで勝率はグッと上がるでしょうね」
本陣で指示を出しながら、全体を見渡す。
そこで、相手の軍の動きが遅いことに気が付いた。
こちらの軍は抑えるべき場所を手に入れたら、さらに次の場所へと移動している。
それなのに、ぺリア軍は一度壁を作ったらしばらくそこで待機していることが多かったのだ。
パージ軍のヘンドリクセンがそれを見てつぶやいた俺の言葉に返事を返しながら、魔導通信器を羨ましそうに見てきた。
オリエント軍とほぼ同数の兵数を持つパージ軍だが、結局、今は前線には出ていない。
最初は動いてもらったが、邪魔だとわかったからだ。
オリエント軍ほどに機動的に動かすこともできず、遠距離での通信もできないので、いたらこちらの動きを阻害しかねないと思ったのだ。
なので、オリエント軍が作った壁を守る役目として使うことになっている。
ゼンやキクの部隊が次々と移動しながら壁を作り、それを受け継ぐようにパージ軍が配置されていくというわけだ。
「……次はあのあたりを抑えるのがよいかと思います、バルカ殿」
「了解だ、ヘンドリクセン殿。そっちにも部隊を送ろう」
だが、ヘンドリクセンは思った以上にこの場にいてくれて助かっている。
というのも、このイクセル平地について土地勘があるからだ。
今はイアンの肩の上ではなく、本陣に作り上げた櫓の上で戦場を見渡しているが、そこからだと遠くの場所について分からないことも多い。
あの辺は小さな川があり意外と移動しにくい場所だとか、あっちは木が多くて通過しにくそうに見えて実はそうではないということを教えてくれている。
もともとがこの地がぺリア国の国土でもあったので、勝手知ったる場所なのだろう。
どこを優先すべきかと的確に教えてくれていた。
「やっぱり、防壁戦術は思っていた以上に面白いかも。抑えた場所と次の地点、さらにその次の地点の連続性も考えて防衛力をあげていくのが重要っぽいな」
「そうですね。いや、私もここまで奥深い戦術だとは思っていませんでした。ですが、本当にそのとおりだと思います。壁を作って自陣営の陣地としても、そこが離れていては守りにくい。そこが襲われたときにすぐに救援を送ることができる場所にほかの陣地を設置することが大切なのですね。もっとも、それもオリエント軍だからこそできることではあるのでしょうけれど」
「まあ、ほかの軍だとそうもいかないか。ただ、研究をする価値はあるかも。どのくらいの兵数を持つ部隊でどのくらいの壁を守れるか。そこにほかの地点から救援がいつでも迎えるようにするためにはどの程度の距離まで離してもいいのか。多分だけど、理論的な数値がありそうな気がする」
「理論ですか? それはちょっと言い過ぎでは? イクセル平地で上手くいっても、別の場所では全く事情が違うでしょうし」
「そうだけど、平地はだいたいこれくらいっていう基準値は頑張れば出せるかもしれないけどね。まあ、それにはもっと検証していかないと分からないだろうけど」
うーむ。
というか、どう考えてもこれって俺よりもアイのほうが得意な戦術だよな。
アイならばオリエント軍の兵がどこに何人いるか腕輪を通してはっきりとわかっているんだし。
指示も魔導通信器はアイを介在して起動しているわけで、いうなればアイならば自由に通信に割り込める。
なので、今後の研究用にもこのイクセル平地での戦いの情報はアイにしっかりと保存してもらっておこう。
「ま、それとは別に俺も楽しませてもらおうかな」
「わざわざ前線に出向くのですか? ここ、本陣で部隊を動かすだけで勝利に近づくのではないかと思うのですが……」
「いや、そうもいかないのが戦場でしょ。あっちに、魔力量の多い連中が集まった部隊がいる。あそこと俺やイアンが接敵できるように戦場の動きを誘導するのさ」
防壁戦術は思った以上に面白そうだ。
それが分かったのは大きな収穫だった。
だが、それだけで満足はできない。
やっぱり自分の手で戦いたいという気持ちがあるからだ。
後ろから命令だけしていて終わるなんてもったいないしな。
というわけで、ぺリア軍にいる強そうな部隊に自分の部隊が激突できるように動きを調節していく。
ヘンドリクセンなどからも意見を引き出しつつ、その時が来るまで俺とイアンは力を貯め続けて本陣で待機していたのだった。
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