奥深い戦術
「各部隊、すぐに壁を建てろ。壁の後ろから攻撃できるように準備も忘れるなよ」
ぺリア国の軍が見える位置にやってきた。
その名もイクセル平地と呼ばれる土地だ。
小国家群、あるいは九頭竜平野とも呼ばれるこの地域では川の流れが大きく変わるほどの氾濫がときおり起こる。
そんな土地柄の中でこの平野は昔から何度も川が氾濫していたそうだ。
そのため、平地ではあるもののあまり人が住みやすいとはいえず大きな街は作られていないそうだ。
ぺリア国の都市とパージ街の境にあるこの平野で、集結した軍が戦う前の準備を整えていく。
防壁戦術。
【壁建築】の魔法を使って身を守る壁を作り、その後ろからの攻撃に徹するという非常に守備的な戦術を今回は採用することにした。
そこで、相手の軍と戦う前にひたすら壁を建てまくる。
俺もあれこれと指示を出しながら、戦場全体を見渡していた。
「なるほど。あんまり面白い戦い方じゃないと思っていたけど、案外奥が深そうだな」
「そうか? 遠目にだが相手の姿が見えているんだ。さっさと攻勢に出ればいいと俺は思うがな」
「多分、俺やイアンのような武人寄りの人間はそう思うんじゃないかな。だけど、参謀寄りの人間ならこの防壁戦術を好むのかもしれない。そして、多分だけど、いずれは後者のほうが勝ち残る気がする」
「参謀か。頭を使って戦う連中だな。確かに、頭のいい者が集団をまとめると見違えるほどにその集団は強くなる。そういう連中が好む戦い方か」
「ああ。だいぶ頭を使うだろうね、これは」
俺もちょっと勘違いしていた。
防壁戦術という戦い方が人気だと聞いたときには、本当に単純に壁を使って戦うだけだと思っていたからだ。
目の前に盾代わりに壁を作って、その後ろからの攻撃だけに終始する。
そんな消極的な戦い方だと思っていたからだ。
ただ、やっぱり実際に自分の目で見ると全然違う印象を受ける。
というのも、この防壁戦術はただ壁を作るだけが目的ではないのが分かったからだ。
むしろ、これは陣取り合戦といってもいいかもしれない。
身を守ることは手段であって、本質は全然違うものだった。
「陣取り合戦? どういうことだ?」
「軍同士が戦うときには勝敗に関係する要素がいくつもある。軍の兵数だったり、武装の強さ、魔力量の多い人間の数もそうだろうな。そして、その中の一つに地形の違いがある」
「ああ、地形か。それは重要だろうな。戦う者が立っている場所が違えば戦いやすさは大きく変わる。それは個人でも集団でも同じだ」
「うん。だから、たとえば数が少なければ守りを固めた砦に籠ることもあるし、こういう野戦であっても高台に陣取ったほうが有利になる。つまり、この防壁戦術ってのは自分たちに有利に働く地形を自分の手で作り出す戦い方ってことだろうね。少ない壁で効率的に守りやすい場所に必要最低限の数の壁を建てつつ、部隊を配置していく。で、少しずつその範囲を広げて相手を押し込んでいくことができれば、この防壁戦術は負けにくく勝ちやすい戦い方になるってわけだ」
お互いの軍の規模が同数であった場合、一番戦局に大きな影響を与えるのは指揮官の頭の良さだと思う。
たとえばだけど、全く同じ強さの軍を持ち合って戦えば、どちらが勝ちやすいかを想定すれば分かりやすいかもしれない。
その条件だと、多分カイル兄さんあたりが無双しそうだ。
最も効率的に軍を運用して最大の戦果をあげる気がする。
それはカイル兄さんが個人として強いからではない。
もちろん、戦っても強いんだろうけど、カイル兄さんの頭の良さが段違いだからだ。
高さ十メートルとはいえ、一度の魔法で作れる壁の横幅は五メートルだからな。
適当にその辺の地面に壁を作っても、部隊を守ることはできないだろう。
自軍と相手の軍の位置関係を把握し、その行動範囲と攻撃範囲もしっかりと加味したうえで、あらかじめどこに守りの壁を建てるかを検討し、それを実行する。
当然だけれど、全く同じ軍を持ちあったとしてもお互いの最初に位置している場所は違うのだから、その周囲の地形も異なる。
その場その場で最適解を導いて、迅速な行動をしなければいけない。
そう考えると、思ったよりも防壁戦術というのは面白そうだと感じた。
巨人化したイアンの肩に座った状態で、目に魔力を集めて遠くまで見通しながら、自分が指示した場所に即席の防壁を作り上げていく。
それを見て、ぺリア国側も自分たちの有利になるように遠くで壁を建て始めている。
お互いがどこにどういうふうに地形操作を行い、兵を配置し、そして時と場合によっては壁を作ることをやめてでも相手の守りの穴となる場所をつくように部隊を突撃させる。
それはいわば、戦場を使った芸術のようにも思えた。
頭の中で考えた形を実際の地形と部隊を使って作り出す芸術だ。
もちろん、それは現実にはそう上手くいかないだろう。
たとえば、イアンのように個人で圧倒できる武力を持つ者がいれば、あっという間に突破される可能性もあるわけだし。
だけど、それらも含めて全体を調整しながら戦えれば、間違いなくこの戦い方は面白い戦術だと思う。
着々とイクセル平地に出来上がるあまたの防壁を見ながら、この戦術をどういかして戦うかをワクワクしながら考えていたのだった。
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