冬の商売
「ヴァルキリー、お前は本当にすごいやつだな」
「キュイ?」
雪が降り積もりはじめた冬の季節のこと。
俺はヴァルキリーの真っ白な体毛をなでながらつぶやいた。
首を曲げて俺の方を見ながら、どうしたのだろうといった感じでヴァルキリーの目線が動く。
俺はそれをなんでもないよ、といいながら更に毛づくろいを続けていた。
うちの子であるヴァルキリーは本当にすごい。
大人を背に乗せて走っても疲れ知らずに走り続けることができる。
さらにそんな高機動のヴァルキリーは魔法まで使えるのだ。
今のところ俺が使える魔法をすべて使いこなしているヴァルキリー。
多分そのへんの農民などよりも遥かに魔力量が多いはずだ。
そして、そのヴァルキリーのすごいところリストには今年も新しい項目が追加された。
それは温泉の発見によるものだ。
いや、温泉を見つけたこともすごいのだが、今言いたいのは別のことで、ヴァルキリーの温度に対する耐性の高さがわかったのだ。
川に噴泉している温泉の影響で、熱いところでは熱湯に近いレベルのお湯が噴き出していた温泉地だが、ヴァルキリーはその高温の湯の中に平然と入る事ができたのだ。
熱によるタンパク変性とかは起こらないのだろうか?
俺はあんな熱湯の中に入ることは不可能だろう。
入ったら間違いなく釜茹での刑みたいになってしまう。
異常といっていいほどに熱に強いヴァルキリー。
だが、それは高温に強いというだけではなかった。
というのは、ヴァルキリーは寒さにも強いのだ。
雪の降る中でも平然としており、普段どおりに行動することが可能だ。
これまでの寒い時期も寒さをものともしないヴァルキリーがいたから、俺はそれにへばりつくようにして暖を取っていたりしたものだ。
寒さにも暑さにも強いというのはそれだけでも生物的な強さにつながると思う。
生存エリアが極端に広いということになるからだ。
もっとも、食べ物の関係で冬場はあえて自分から動き回ったりはしないようだが。
「坊主、そんなところでヴァルキリーにへばりついて何やってんだ。そろそろ出発するんだろ?」
「ああ、準備できたのか。じゃあ、いっちょ出かけますか」
俺がヴァルキリーの素晴らしさに感激しているところへ声がかかった。
俺に声をかけてきたのはおっさんだ。
これから俺と一緒に出かける手はずになっていたのだ。
「よっしゃ。くそさむい冬でも一稼ぎといきますか」
そう言って俺はヴァルキリーに騎乗したのだった。
※ ※ ※
雪というのは人の行動を大きく制限する。
これは俺の記憶にある前世でもそうだった。
ものすごい性能を誇る科学の力があっても雪の上ではツルツル滑るのが当たり前だったからだ。
そしてここの科学技術は前世と比べて大きく劣る。
雪が降り積もるこの時期にわざわざ移動しようなどと考えるものなどいないだろう。
だが、それが商機となる。
人がしないことをしろ、というのが商売の鉄則だ。
誰も動いていないこの時期だからこそ、俺は商売をして儲けることに決めたのだ。
移動手段は冬でも問題なく動けるヴァルキリーだ。
ヴァルキリーが荷物を引いて街まで売りに出かける。
売るのは俺が新しく作ったガラス温室で無事に育ったハツカだ。
他にも育つものがあるという報告もあったが、【土壌改良】を使うと数日で食べられるものにまで育つハツカを売ることにした。
通常、俺が作ったハツカは品種改良しているとはいえそこまで高値で売ることはできない。
原種のハツカよりもかなり味は良くなったとは思うが、それでもまだ自ら望んで食べたいと思うほどのうまさはなく、むしろまずい。
さらに言えば、家畜が食べるものというイメージが根本にあるため、いざというときの非常食という認識なのだ。
そのため、通常時ではわざわざ売りに出すほどの値段にはならない。
だが、この冬という時期ではそれも変わってくる。
この世界の冬は本当に厳しい。
冬の間は一切の作物が取れなくなるため、食料がなく死んでいく人が多数いるのだ。
農村部では冬を前にすると人減らしが行われる。
長男などの家を継ぐ人間以外は自ら仕事を求めて街へと出かけて、なんとか冬を越そうとする。
しかし、大半のものは街に来てもまともな仕事もなく、野垂れ死ぬことになるし、なんとか食いつないでいるものも冬は仕事がなくなり食べられなくなる。
いや、貧乏人に限った話でもない。
よほどの大金持ちでもない限り、みんな食べ物には困っているのだ。
あったとしても塩漬けにしたような保存食だろう。
たとえハツカだとしても新鮮なとれたて野菜ならば確実に売れる。
そう考えた俺は温室育ちのハツカを冬の街へと売り出しに出かけることにしたのだ。
それが可能になったのはヴァルキリーの存在と俺が作ったソリだ。
ハツカを積むのは通常の荷車ではない。
車輪の代わりに大型のソリを作って、そこにヴァルキリーをつないで移動する。
多少重くなってもヴァルキリーの力ならなんの問題もなかった。
こうして、俺は冬の間中、バルカ騎士領からフォンターナの街までハツカ輸送部隊を動かし続けることにしたのだ。
大猪の毛皮で作ったコートをきた俺がトナカイのような角をもつヴァルキリーが引くソリに乗っているのを見たら、知る人が見ればサンタクロースの再現をしているのかと思われたかもしれない。
なお、プレゼントを贈る相手はいなかったので、通常の数十倍の値段でハツカを売りさばき、それなりの稼ぎになったのだった。
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